2011年7月30日土曜日

【六花10号H13-12】「漢字と日本人」2

昨日の続きです。

Ⅲ 漢太郎独断のポイントと私見(※矢印以下は私見です。)
 書評紹介だけで殆どのページを埋めてしまったが、概略は呑み込めたのではないかと思います。私が感じた点をいくつかあげます。
① 漢字が入ってきたために、まだ未成熟な日本語はみずから新しいことばを生み出せなくなった。そのため抽象的概念を表わす言葉を未だ持っていなかった日本語は、それらを漢字で使用することになったこと。→なるほど。
② 漢字の音は本来言葉の意味を表わす、意味のある音であったにもかかわらず、音の種類の少ない日本へ入って、意味のないただの音になってしまった。生、静、整、西、省、成…など本来異なる意味を持ち、異なる音を持ちながら、日本では皆「セイ」となってしまった。→なるほど。
③ 日本語(和語のこと)はかなで書けばよいのであって、漢字で書くことはナンセンス!という主張。→そうかもしれないが、一目で理解できる点は便利と思う。
④ どんなことばでも漢字で書こうとしたり、漢字が本字でかなはまにあわせの意味での仮名という意識は漢字崇拝の愚である。当て字はかなで書けばよい。→理屈はそうかもしれぬが、読みやすい文章のための漢字使用率という観点も必要と思うが。
   現在の日本語は和語(やまとことば)、字音語(漢語と和製漢語)、外来語、混種語(の3種の混じった語)で出来ていて、字音語と混種語は漢字で書かねばならないが、和語はかなで書くべき。→著者一流の理論であると思うが、しかし、……。
   言語の実体は音声であるのに、日本語では字音語が8割以上を占めるため、文字が言語の実態になってしまい、耳で聞いたことばをいずれかの文字に結び付けないと意味が通らない。この意味で日本語は「顛倒した言語」であり、特殊な言語であるということ。→なるほど。しかし、良し悪しは別問題か。
   明治以降の国語政策は、西洋に追い着くためには、漢字を廃止して表音文字(かなやローマ字など)にする方針の下、その渡り段階として漢字制限を行った。(→そんな意味だとは全然知りませんでした。) さらには戦後においては、何の思想もない筆写文字に合わせるための字体の無残な簡略化。
   專が専に、傳が伝に、團が団になって共通義を持ったグループの縁が切れた。
   假が仮になって、暇や霞と縁が切れた。
   單の上部も榮の上部も學の上部も、みな同じ3つの点で表示された。
  →現在では漢字全廃論はなりをひそめてしまったが、すでに改正された新字体の簡略化の問題は、漢字に内在する意味を尊重した見直しが必要。
⑧ 文字は過去の日本人と現在の日本人とをつなぐものである。拡張新字体が増え、正字が抹殺されていくなか、文化資産としての文字をJISの手から放す事が必要である。→過去と現在をつなぐ点は確かにそう思う。JISについてはどんなものか。
⑨ 字音語は漢字で書かなければならないが、和語などできるだけ漢字は使わないようにする。しかし、漢字を制限してはならない。→わかりにくいが、著者は使用しないことと制限を区別している。つまり、漢字使用の枠決めや安易な改変はすべきでないが、ふだんはなるべく漢字を使わないことを主張しているのだと思う。この点は日常の場合とそれ以外の場合などで違ってくるのではなかろうか。
⑩ 音声が、文字の裏付けがなければ意味を持たないという点で、日本語は世界でただ一つの特殊な言語である。音声が意味をになっていないというのは、言語としては健全な姿ではない。畸型的な言語であり、そのまま成熟した今では「腐れ縁」であり、日本語は畸型のまま生きてゆくしかない。→この本の結論の部分だが、「健全でない」とか、「畸型的な言語」であるとか、「腐れ縁」であるとか、私にはそれが正しいのかどうか分かるはずもないが、日本語を使用する者としてそれこそ言葉の選び方を間違えているか、もしくは別の表現方法があるのではないだろうか。(感情的に言えば、その表現では日本語があまりに可哀想であると思う。)

Ⅳ 蛇足
 中学校の校長先生が、新聞記者から質問を受けて「それは仮定の問題でしょう」と答えた。ところが新聞には、「校長は家庭の問題だと語った」と報じられ、校長は誤解を受け、迷惑をこうむった。
 これがこの本の書き出しの部分だった。
 それが、言語の分析、漢字の歴史、日本語の構造、漢字崇拝、明治以降の国語政策、これからの日本語……などに、ことばはやさしいものの、どんどん掘り下げてしまうのである。著者一流の理論構成がしっかりされているが、それこそ「尽く書を信ずれば即ち書なきに如かず」で、やはりこんな石頭でも自分なりに考えてみることは必要なのだろうと思う。何事鵜呑みにすべからずだろう。
 しかし、この本は、日頃、木を見て森を見ずの自分にとって、今までにない刺激的な本であり、一読の価値があったと思っている。今回は長文で御容赦をお願いしたい。

⇒この本は一読の価値有る本であるが、読者は批判的精神をもって読むことでより有益な示唆が得られるのではないか、私はそう考えています。

2011年7月29日金曜日

【六花10号H13-12】「漢字と日本人」1

前回まで「漢字と仮名の使い分け」のテーマにそって述べてきた。今回は、先に出てきた「漢字と日本人」という本について、六花記事から紹介したい。

「漢太郎の本棚NO.3」漢太郎


今回は、最近漢太郎が読んで特に強くインパクトを受けた本があります。
「漢字と日本人」という新刊本です。
この本については、じっくり書いてみたいと思い、ページが増えてしまいました。
今回はこの本のみ取り上げます。では始めましょう。長文御勘弁を!

書名 「漢字と日本人」 高島俊男 著、文春新書、720円+税発行
平成131020日 第1

Ⅰ はじめに
 決して難しい本ではない。むしろ難しいことを、とてもやさしく書いてある本だ。また、学者が読むような専門書とも違う。しかし、漢字や日本語に関心がある人にとっては、最初から最後まで刺激に満ちた本だろうと思う。人によっては漢字・日本語に対する考え方が180度変わってしまう、そんな可能性を持っている本だと思う。私にとっては、これまで読んできたこの種の本の中では、最も強いインパクトを受けた本となった。

Ⅱ 内容紹介及び書評から
 ちなみに世間一般のこの本に対する内容紹介及び書評(主に一般投稿)を探ってみたので紹介したい。これだけでおおよその内容がわかると思う。(※下線は漢太郎)

●内容
本来漢字は日本語とは無縁。だから日本語を漢字で表すこと自体に無理があった。その結果生まれた、世界に希な日本語の不思議とは?
「カテーの問題」と言われたら、その「カテー」が家庭か假定かあるいは課程か、日本人は文脈から瞬時に判断する。無意識のうちに該当する漢字を思い浮かべながら…。あたりまえのようでいて、これはじつは奇妙なことなのだ。本来、言語の実体は音声である。しかるに日本語では文字が言語の実体であり、漢字に結びつけないと意味が確定しない。では、なぜこのような顛倒が生じたのか?漢字と日本語の歴史をたどりながら、その謎を解きあかす。

●書評1 ~(略)~

●書評2 「革命的小著」
 このわずか250頁の小さな本が与えてくれる知的興奮は数千頁の専門書に勝る。この本のすばらしさはふたつ、書き方と内容。週刊文春の連載『お言葉ですが』で実証済みの客を逃さない文章のうまさ。それにこの原稿が元々外国人向けに準備されたものを下敷きにしているという事情も手伝ってわかりやすい。論理に隙がない。なぜこのような文章が書けるか。漢字と日本語と言語学一般について著者がず抜けた見識を持っているからだ。
日本語話者が漢字を導入したというのは、日本語を書き表す記号として英語を単語熟語ごと取り入れて、それを日本語で読み替え、さらに英語の読みも残したと言うに等しいと言われると(75頁)かなりドキッとする。和語である「とる」を取る採る撮るなどと書き分けるなどアホな!!ことと喝破される(87頁)となおドキッとする。だが納得させられる。
漢字導入の成否は結局良し悪しらしい。音声が意味を担えなくなったので言語としては「畸型」になったけれど、語彙が豊富になったのも事実。和語に漢字を使うのはやめて、その一方で字音語(漢熟語など)の表記には漢字を使い、その際正字体(旧字体)の意義を見直すべしというのが著者の主張。
この本は漢字に対する考えを変えさせる力を持っている。評者は国語教師をしていたが、大きなお世話であることを承知でこの本を国語教師にまず読んでもらいたいと思った。なぜ漢字を教えるのか、なぜ漢字を学び、そして使うのか教師は納得しておくにしくはない。教養としての漢字でなく、日本語にとってやっかいでそして「腐れ縁」となった存在 ! ……そして、それでも漢字は大切なのだ。
なお疑問もある。著者は音声が意味を担えないのは言語として健全な姿ではないという。健全かどうかを著者があまり好きではない西洋の言語学の立場から判断しているように感じた。これは健全とか不健全の問題なのだろうか。私にはむしろ興味深い面白い言語に思えるのだが。

●書評3 ~(略)~

●書評4 
 本書を読み、まずびっくりするのは、「日本語は、世界でおそらくただ一つの、きわめて特殊な言語である」という著者の見解である。言語の実体はそもそも音声であって、文字は本来的なものではない。人が声に出し、それを聞いて意味をとらえるのが言語の本質である。文字をもたない言語も山ほどある。ただ日本語だけが例外で、言葉の半ば以上は文字のうらづけなしには成り立たない。コーエンと聞いたって、それだけでは公園なのか講演なのか後援なのか好演なのか高遠なのか分からない。
 文字(漢字)に頼り切ることで、はじめて言葉が成立する。それが世界的にも特異なことだと著者は説くのだが、その特異さは、千数百年前に漢字が渡来したときにムリして「よみ」をあてたことにはじまるのだという。漢字をありがたがり、ことさらに重視することのこっけいさを書き、また一方で、戦後のどさくさにまぎれて漢字の制限を決めた「国語改革」の愚かさ加減をも突く。漢字はもともと日本語の体質にあわない。漢字によって日本語は畸型化したが、これからも畸型のまま生きてゆくほかないとする結語を見よ。(日刊ゲンダイ)

●書評5
 中国文学研究者にしては、漢字があまり好きではないようだ。というより、むしろ嫌っていると言うべきかもしれない。漢字を取り入れることによって、日本語の発達が止まってしまった、というのが著者の持論である。ただ、だからといって短絡的に漢字不要論を唱えているわけではない。千数百年まえに日本にとって漢字は世界でたった一つの文字だったから、受容するのはやむをえない、というのがその理由である。
 漢字を論じる本は取っつきにくいものが多い。もともと文字学や音声学のみならず、語彙論や意味論の問題も絡んでいるから、いきおい専門的な叙述になりやすい。だが、高島俊男の手にかかると、難しいテーマもわかりやすいものになる。しかも身近なたとえで、ユーモラスに説かれている。言語問題に関心を持つ者にとって、ありがたい気配りである。
 だからといって、内容が浅いということはもちろんない。万葉仮名については専門家の論考を引用したり、言語史や音韻学に関連する問題についても関係文献をきちんと読み込んだ上で批評している。
 するどい舌鋒はいつもと変わらない。中国から漢字をもらったのは、恩恵をこうむるどころか、日本文化にとって不幸なことだと断言し、漢字の多い文章を書くのは、無知で無教養な人だ、とけなしてはばからない。さらに、一般民衆のことを「無教育な者」と言い放ち、平安物語文学を「女が情緒を牛のよだれのごとくメリもハリもなくだらだらと書きつらねたもの」と一蹴する。歯に衣着せぬというより、はらはらさせられる発言である。
 過激なことばの裏には、日本語に対する並々ならぬ愛情がある。とくに近代日本の漢字政策についての批判には、強烈な思いがこめられている。明治維新から戦後にいたるまで、人為的要素によって、日本語の漢字はさまざまな混乱が生じた。なかでもいわゆる国語改革は取り返しのつかない失敗をもたらした。この二点は本書の眼目であり、またもっとも力を入れて論じられたところである。
 英語をはじめ、西洋語を翻訳したとき、明治の知識人たちは音を無視して文字の持つ意味だけを利用した。その結果、文字を重んじ、音声を軽視するという悪弊をもたらした。それに比べて、江戸時代以前の和製漢語は耳で聞いてわかる。しかし、明治の造語は字を見ないと見当がつかない、と著者はいう。
 当用漢字の制定は、国語改革という名のもとで行われた愚行である――この見方に立脚して、明治期から戦後にいたるまでの、さまざまな漢字廃止論を取り上げ、容赦ない批判を加えた。かなの使用、ローマ字化、はたまた英語やフランス語を国語とするなど、主張は種々雑多だが、漢字にかわって「先進的な」表音文字を取り入れようとする点ではすべて共通している。
 漢字廃止論の検証を通して、近代日本人の精神構造を逆照射させる手法は鮮やかである。かつて一世を風靡した「改革」も、今日振り返って見れば、いずれも盲目的な西洋崇拝によるもので、浅はかな認識にもとづく失策にすぎない。進歩史観に対する批判は辛辣でおもしろい。著者のことばを借りれば、明治以来、「坂の上の雲」ばかり見て、愚かなことをくり返してきた。だが、坂の上にたどりついてみれば、雲に見えたのは蜃気楼に過ぎなかった。
 戦後の国語「改革」も同じである。かなづかいの変更、字体の変更、漢字の制限は結局、文化の連続性を切断するという悪果しかもたらさなかった。文化批判としては一つの知見といえよう。その点において、本書が持つ意味はたんにことばの問題にとどまらない。時代が大きく変動する現代では、文化の将来を考える上で傾聴すべき意見である。
(毎日新聞2001年11月4日東京朝刊から)

続きは次回とします。

2011年7月26日火曜日

【六花47号H23-6】新聞コラムはなぜ読みやすいか

分かりやすい文章のためには、漢字と仮名の使用の割合にも関係する問題ですが、六花投稿にその記事がありますので参考に紹介します。

 新聞コラムはなぜ読みやすいか  漢太郎
                                          
 お久しぶりです。漢太郎です。今回は新聞コラムについて考えてみたいと思います。毎日読む新聞の第1面の下にあるコラム欄は、いろんな話題を取り上げ、ウイットに富んだ文章も多く、また、とても読みやすいため毎日楽しみにしています。
 なぜ読みやすいのか、そんな疑問を抱いていました。たぶん、文章が平易であること、身近な題材を取り上げていること、漢字が少ないこと、などではないかと思っていました。今回は実際に直近のコラムを対象に分析してみることにしました。
 まずはコラムの代表にふさわしい天声人語です。下の表をご覧ください。毎日のコラムについて、漢字、ひらがな、カタカナの使用割合を算出したものです。8日間の平均(単純平均)では漢字が35%、ひらがなが49%、カタカナが4%となっています。(※小数点以下は四捨五入しました。また合計で100%にならないのは句読点や記号などが10%程度あるためです。)
 一方、地元紙の日報抄については、同じ8日間の平均で、漢字が32%、ひらがなが53%、カタカナが4%です。この両者の比較でわかることは、日報抄の方が漢字の使用が若干少なくて、ひらがなの使用は逆に多いということです。
 漢太郎自身は日報抄の方を好んで読んでいますが、読みやすい条件の一つには、漢字とひらがなのバランスが大事ということです。もちろん、取り上げる題材や文体なども関係ありますし、何といっても書き手の熱気や感性が最も重要ではないかと考えています。
 今回調べたこの2つのコラムの全平均では、漢字が34%、ひらがなが51%、カタカナが4%という結果でした。機会があれば後日また集計をしてみたいと思いますが、ここで今回の分析での一つのまとめとしては、日常の文章で読みやすい文章を書くための目安は、概ね漢字が3割、ひらがなが5割を想定するのがよいのではないかということです。
 新聞の社説についても分析しましたが、紙数の関係で次回にしたいと思います。ところで、よく字数を数えたなあと驚いている方もいるかもしれませんので、種明かしをしますと、こういう形で文書ファイルの文字数を種別に瞬時に数えるパソコンソフトがあるのでそれを使いました。でもそれなりに時間を要する集計作業でしたので、まっ、ひとつ褒めてやってください。ちなみにこの投稿文章は、漢字が27%、ひらがなが56%でした。

2011年7月24日日曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 6

「漢字と仮名の使い分け」の問題について、前回までいくつかの考え方を紹介してきました。
では国語政策を所管する国(文化庁)は、この問題についてどのように考えているのでしょうか。文化庁が編集している「言葉に関する問答集 総集編」には次のように載っています。

〈漢字と仮名の書き分け〉
・~漢字と仮名の書き分けも必要である。それは、漢字がそれぞれ意味を持っているために、同訓の漢字の統合にも限度が見られるからである。
例えば、「あたる」と訓読みする漢字に「当・該・方」などがあり、これが「当たる」に統合されている。しかし、「的中・中毒」の意味の「あたる」まで「当たる」に統合できるかというと、少し無理な感じがしないわけでもない。そこで、目安として定められた「常用漢字表」の漢字に適切な字訓のない場合は、仮名で書く方が好ましいことにもなる。「目的物に届く」場合や「体に害になる」場合に、「当たる」でなく、「的にあたる」「食べ物にあたる」のような仮名書きが行われるのはこのためである。
~異字同訓漢字の書き分けという立場から見ると、「あたる」の場合は本来「中」を用いていたものが仮名で書かれることになる。~その点では、漢字の使用を制限したための仮名書きが、漢字と仮名の書き分けを生むに至ったと考えてよいのである。

・ところで、漢字と仮名の書き分けという立場で取り上げると、漢字仮名交じり文を整える立場での書き分けも見られるのである。一般に漢字仮名交じり文では「峰が表れた」のように、助詞や助動詞の部分が仮名書きになる。それに合わせると、助詞や助動詞に準ずる次のような語も、仮名書きにするほうが整うのである。
 助詞に準ずる語…とともに、について、によって
 助動詞に準ずる語…ておく、てくる、てみる、ていただく
また、名詞の中で特別の用い方になる次のような形式名詞も、同じような立場から仮名書きが好ましいことになる
 こと、とき、ところ、わけ、とおり
これらも実質的な意味を表す語ではないという点で、前記と共通する性質を持つからである。
しかし、このようにして仮名書きになる語の場合も、本来の実質的な意味を表す用い方をすれば、漢字書きにするのは当然である。したがって、このような場合にも、漢字と仮名の書き分けが行われることは、次の例に見るとおりである。
 共に、ともに…行動を共にする、春とともに訪れる
 下さい、ください…本を一冊下さい、見てください
 事、こと…事に当たる、考えたことを言う
漢字仮名交じり文として整えることを考えると、このような観点から漢字と仮名を書き分けるのが好ましいということにもなるのである。
(※上記下線は私が付した。)

文化庁は、目安としての常用漢字表を公表している立場から、その整合性を図るという考え方がうかがえる。また、昨年11月に改定した常用漢字表に合わせて、「公用文における漢字使用等について」(平成221130日内閣訓令第1)※も公表されており、基本的な考え方が整理されていて参考になる。興味をもたれた方は一度は目を通されることをお勧めしたい。  ※文化庁 常用漢字表HP  http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/kokujikunrei_h221130.html#kunrei

⇒思うに、常用漢字はあくまで目安であるから、これ以外の漢字使用もどんどん使用されてよいし、難読語には振り仮名を付せばよいだけのことである。しかし、漢字も仮名も文章のなかで使用されるものであり、自分だけしか読まない日記ならいざ知らず、必ず読み手がいる。その読み手にとって、読みやすく、あるいは心に届く文章という視点で考えると、視覚的・音楽的効果のある文章の書き方の工夫は望ましいと思う。
 学術的論文などの専門的文章を除けば、漢字と仮名の使用バランスや文章全体の統一的な使用が必要であり、また、助詞・助動詞・形式名詞などは原則として仮名を使用するという文化庁の方針も参考にすべきだろう。
 いずれにしても、絶対的な規則はないのであるから、各自の一定の見識のもとで使い分けするしかない、というのが私の現在の考えである。(このテーマはこれで一応のまとめとさせていただく。)

2011年7月22日金曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 5

前回は文豪谷崎の「文章読本」からの紹介でしたが、今回は再び現代に戻り、高島俊男氏の「漢字と日本人」(文春新書)から関連箇所を紹介する。
高島俊男氏は中国文学者にしてエッセイストであるが、特にこの新書を初めて読んだとき私は大きなインパクトを受けた。漢字と日本語の関係について、目からウロコが落ちるような思いがした。(今は、氏一流の見方も含まれていると考えている。)

氏の主張の要点は、ウィキペディアにうまくまとめてあるのを見つけたので、まずはそれを引用する。
・、「漢字は本来、シナ語を表記するための言葉であり、日本語を表記するのには適さない。もし中国の言語・文字が入ってこなければ日本語は健全に成熟し、いずれ、やまとことばに適した文字を生み出していたに違いない。それが、まったく違う言葉と文字の『侵入』によって、日本語は発育を阻止され、音だけでは意味が通じない、文字を見なければ伝達できない言葉ができあがってしまった」、「そのため、日本語本来のやまとことば(和語)を表記するのに漢字を使うのは不自然である。まして、やまとことばを漢字で表記する際に複数の漢字の候補がある場合、『どの漢字が正しいのか』と議論するなど滑稽きわまりない。」(ウィキペディア引用はここまで。下線は私が付した。)

少し付け加えてまとめると、「漢字はなるべく使わぬようにすべき」※1、「字音語は漢字で書かねばならない」※2、「漢字を制限してはならない」※3などが主な要点である。
※1…広辞苑作成で有名な新村出博士も、漢字を主とする文体から仮名を本位とする文体に変えてゆくのがよい、という主張をしていた。驚きです。
※2…たとえば「こうえん」では分からない、「公園」「公演」「後援」「講演」「高遠」等と漢字で書かなければ意味が通じないのである。
※3…漢字を制限することは日本語を貧しいものにするから。

⇒漢字をなるべく使わないなどというのは驚くべき主張だが、専門家ほどそのような考えになるように思える。ただ、「漢字と仮名の使い分け」の問題は、外国語の漢字が文字の無かった日本に輸入された以降の歴史に絡む問題でもあることが分かる。実に奥深い面白いテーマなのである。
このテーマもそろそろまとめに入りたいと思います。

2011年7月19日火曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 4

このテーマも4回目となった。考える材料として、私が所有する蔵書のなかから、「文章法」や「文章読本」に類する書物を引っ張り出し、関連箇所を紹介しています。
ルールがないところを先達がいかに悪戦苦闘しながら思考をめぐらしているか、そのあたりが面白いですね。(かなり自己満足になっているのかもしれないが。)
今回は「文章読本」の古典ともいえる谷崎潤一郎の「文章読本」(昭和9年)を見てみよう。

・~口語文といえども、文章の音楽的効果視覚的効果とを全然無視してよいはずはありません。なぜなら、人に「分らせる」ためには、文字の形とか音の調子とか云うことも、与(あずか)って力があるからであります。~既に言葉と云うものが不完全なものである以上、われわれは読者の眼と耳とに訴えるあらゆる要素を利用して、表現の不足を補って差支えない。

・たとえば「寝台」などと云う字面は、「シンダイ」と「ネダイ」と二た通りに読まれることは已むを得ない。で、結局日本の文章は、読み方がまちまちになることをいかにしても防ぎ切れない、のであります。ですから私は、読み方のために文字を合理的に使おうとする企図をあきらめてしまい、近頃は全然別な方面から一つの主義を仮設しております。と云うのは、それらを文章の視覚的並びに音楽的効果としてのみ取り扱う。云い換えれば、宛て字や仮名使いを偏に語調の方から見、また、字形の美感の方から見て、それらを内容の持つ感情と調和させるようにのみ使う、のであります。

・まず、視覚的効果の方から申しますならば、「アサガオ」の宛て字は「朝顔」と「牽牛花」と二た通りありますが、日本風の柔かい感じを現わしたい時は「朝顔」と書き、支那風の固い感じを現わしたい時は「牽牛花」と書く。~仮名使いも同様の方針に基づいて、分り易いことをことを主眼にしたものは送り仮名を丁寧にし、特殊の情調を重んずるものは、それと背馳しないように適当に取捨する。故に或る時は「振舞」になり、或る時は「振る舞い」になる。たとえば志賀氏の「城の崎にて」の文章では「其処で」「丁度」「或朝の事」「仕舞った」等の宛て字を用いてありますが、字面をなだらかに、仮名書きのような感じを出したい時は、「そこで」「ちょうど」「或る朝のこと」「しまった」と書くことを妨げません

・詮ずるところ、文字使いの問題につきましては、私は全然懐疑的でありまして、皆さんにどうせよこうせよと申し上げる資格はない。鷗外流、漱石流、無方針の方針流、その孰れを取られましても皆さんの御自由でありますが、ただ、いかに面倒なものであるかと云う事情を述べて、御注意を促すのであります。
(※太字は原本通り、下線は私が付した。)

⇒視覚的効果については前回の本多勝一氏も触れていた。上記谷崎の「文章読本」はその後の文筆家などに大きな影響を与えたであろうことは想像に難くない。上記の要点は「言葉は不完全なものであるから、文章は視覚的・音楽的効果を考えながら内容と調和するように言葉を選んで書く」ということだろう。これ以上には、「漢字と仮名の使い分け」の統一的・技術的なルールまでは考えてはいないようだ。
この音楽的効果というのは分かりにくいが、たとえば老人がぽつりぽつりと語る場合に、あえて平仮名を多用して文章のテンポをゆるくしたりすることなどを指しているらしい。
これらが昭和9年に書いた文豪谷崎の考え方の一端である。

2011年7月18日月曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 3

今日は元朝日新聞編集委員でジャーナリストの本多勝一氏の「日本語の作文技術」(朝日文庫)から関連部分を見てみたい。
人によって微妙に考え方が違うところが興味深い。

・<漢字とカナの心理>
漢字とカナを併用するとわかりやすいのは、視覚としての言葉の「まとまり」が絵画化されるためなのだ。ローマ字表記の場合の「わかち書き」に当たる役割を果たしているのである。~
漢字とカナの併用にこのような意味があることを理解すれば、どういうときに漢字を使い、どういうときに使うべきでないかは、おのずと明らかであろう。たとえば「いま」とすべきか「今」とすべきかは、その置かれた状況によって異なる。前後に漢字がつづけば「いま」とすべきだし、ひらがなが続けば「今」とすべきである。
A その結果今腸内発酵が盛んになった。
  その結果いま腸内発酵が盛んになった。
B 閣下がほんのいまおならをなさいました。
  閣下がほんの今おならをなさいました。
Aは「いま」、Bは「今」の方が視覚的にわかりやすい。編集者のなかには、こういうとき統一したがる人がいる。「今」は漢字にすべきかカナにすべきか、などと悩んだ上に決めてしまうのは、愚かなことである。~
漢字とカナの関係の基本的原則は、こうした心理上の問題に尽きるといってもよい。


⇒漢字を使う場合とそうでない場合について、著者は「視覚的な役割」から考えているようだ。これは要するに、読む側から見て、漢字を使ったほうが視覚的・心理的にわかりやすいのかどうかを判断基準にしているということだろう。
確かに、漢字の表意文字としての性格から一定の理解ができるところだが、いまいち明確な運用につながるとはいいきれないように思う。
このテーマはさらに続けます。(どうも中途半端で切れるのも嫌なもんですから。)

2011年7月16日土曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 2

「漢字と仮名の使い分け」について、今日は元朝日新聞論説委員でジャーナリストの轡田 隆史氏の「うまい!と言われる文章の技術」(三笠書房)から参考となる部分を引用する。

・〈これだけは気をつけたい漢字と仮名の使い分け、2つの原則〉
 次は、これも間違いというわけではないのだが、大勢の人がよくやる書き方で要注意である。「女房達」、「自分達」、「3月15日迄」、「人達」、などというのがそれ。~「午前3時頃目が覚めた」式の書き方をする人も多い。
 「達」、「迄」、「頃」はやめて、「女房たち」、「自分たち」、「人たち」、「3月15日まで」、「午前3時ごろ」としよう。「達」で複数形を作ったわけだが、女房、自分、人、という文字に比べて「達」という文字は重すぎる。女房、自分、人が埋没してしまう。「十二単の女房たちがそれぞれの思いで」のように、「女房」という文字が文字の流れの中に浮かび上がっていなければならない。複数形であることは軽く感じとってもらえさえすればいいわけだから、平仮名でさらりと「たち」と書いておけばいい。「迄」も「頃」も同じ理由で「まで」、「ごろ」と書く。
 ちょっと極端な言い方をするなら、「友達」に「達」をつけたら「友達達」となってしまう。これはどうしたって「友達たち」だ。

 漢字と平仮名の使い分けは、実はなかなか難しい問題である。文章の流れや、視覚的な効果にもかかわってくるからだ。使い分けの規則などはもちろんない。そのせいか、知っている限りの漢字を総動員して、いましがた指摘したように、女房達、15日迄、3時頃と書いてしまったり、逆に、漢字のある言葉なのにやたらに平仮名で書いてしまったりする例が目立つ。
 そこで、原則を2つ挙げておこう。
原則① 漢字を用いるか、平仮名にするか、しっかりと判断する。無意識のまま、何となく漢字にしたり平仮名にしたり、では困る。
原則② 名詞、動詞、形容詞の語幹は、なるべく漢字を使う。
 漢字の多すぎるのも困るが、仮名ばかりというのも、かえって読みにくくなり、ときにはとんでもない間違いを引き起こす。~注意を喚起すべき部分は、漢字があるなら漢字で書くべきだ。特に注意を引こうというのではない部分、ことさら強調しなくていい部分は、漢字があっても仮名の方がいい。「女房たち」で重要なのは「女房」という言葉なのだから、「女房たち」と書く。「にょうぼう達」と書いてみれば、そのおかしさがすぐわかるだろう。(※引用ここまで。太字・下線を独自判断で付した。)


⇒文章の達人が言う言葉には、まずは謙虚に耳を傾けたい。(ただし、いかなる場合でも自らの考えでよく咀嚼することが必要だろう。)
漢字と平仮名の使い分けの規則がない中で、やはり上記引用のような一定の考え方を各自が判断しながら使用していく以外にはないのだろう、と私は考えている。
漢字も文章のなかで使われる以上は、読み手を意識すべきは当然のことであり、漢字のある言葉については、たとえ易しい漢字であろうと使わない場合もあることはこれも当然ではないかと考えている。
このテーマはまだ少し続けたいと思う。

2011年7月15日金曜日

「簡単な漢字まで仮名書きされる」ことについて 1

7月13日の「常用漢字の難読」にコメントをいただきました。
主旨は「簡単な漢字まで仮名書きされているのが気になります。」というもので、常用漢字の多くが仮名書きされている例を挙げております。また「子供」が「子ども」と書かれる例も挙げております。

確かに日ごろ多くの文章を読んでいて、簡単な漢字を仮名書きしている例は多く見られるところです。
この考察の参考になる文献をいくつか紹介したいが、今日は「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」(新潮文庫)から一部引用する。
・〈司馬遼太郎さんは「思う」を漢字で書きません〉
「表記の仕方でも、中国生まれのことばであれば漢字で書くとか、「持つ」というのは大和ことばだから、開いちゃって平仮名で「もつ」としようとか、厳密さを心がける方がいます。司馬遼太郎さんは「思う」を漢字で書きませんでしょう。このことについてわたし、一度、司馬さんにお聞きしたら、「《おもう》というのは、どう考えてみても、大和ことばなんだよ。これを漢字で書くのはおかしい。それで平仮名にひらいているんですよ。」というお答えでした。ですから、表記の場合も平仮名に片仮名、漢字に最近ではローマ字と、たいへん複雑なんです。」

上記引用は、文章上、「大和ことばは平仮名で書く」という人たちがいるということです。
この問題の続きは次回にして、「子供」を「子ども」と書く問題です。
「子ども」の「ども」は「本来複数を表す接尾語」(明鏡)という説明はどの辞書にも見られます。
日本国語辞典には次の説明があります。
・「①元来は「子」の複数を表わす語であり、中古でも現代のような単数を意味する例は確認し得ない。ただ、複数を表わすところから若年層の人々全般を指す用法を生じ、それが単数を表わす意味変化の契機となった。
②院政末期には「こども達」という語形が見出され、中世、近世には「こども衆」という語を生じるなど、「大人に対する小児」の用法がいちだんと一般化し、同時に単数を表わすと思われる例が増える。
③漢字表記を当てる場合、基本的には上代から室町末期まで「子等」であるが、院政期頃より「子共」を用いることも多くなる。近世に入り、「子供」の表記を生じた。」


「子供」の表記は近世からという歴史が面白い。
次は「当て字・当て読み漢字表現辞典」(三省堂、笹原宏之)からの引用。
・〈子ども〉
「子の人権からみると「供」という当て字は不適切な表記であるとして、「子ども」(江戸時代にもあり)が次第に浸透しつつある。」
とあり、近世に生まれた「子供」という漢字表記も「子ども」という表記に移りつつあるようです。
これは日々生きている日本語の変化と受け止めますが、どうでしょうか。

2011年7月13日水曜日

【常用漢字の難読】逸、因、隠、宇、羽、英、易

今日は常用漢字の難読の勉強です。易しい漢字で語彙力アップを目指すべー。

・事件を【逸早く】かぎつける。 ⇒【いちはやく】 「逸」は当て字。
・弾が【逸れる】。 ⇒【それる】
・人混みで親に【逸れる】。 ⇒【はぐれる】
・血気に【逸る】若者。 ⇒【はやる】
・海の日に【因んだ】行事。 ⇒【ちなんだ】
・自室に【隠る】。 ⇒【こもる】 「籠る」とも書く。
・広き【宇内】に雄飛せん。 ⇒【うだい】=天地の間。天下。
・未来に【羽撃く】若人。 ⇒【はばたく】 「羽搏く」とも。
【英図】むなしく挫折する。 ⇒【えいと】=すぐれた計略や意図。*なんと広辞苑に載っていなかった。
【易易】とやってのける。 ⇒【やすやす】

今日の10本ノックは終わり。読むのは簡単だったかな。
でも書き問題ではすぐに書けなかったりして・・・

2011年7月12日火曜日

【過去問】H23-1音読み8-10

いざ今日も学ばん。(参考辞書は漢字源。)

・夜半に【瑟瑟】たる松風を聞く。
⇒【シツシツ】=風のさっさっと吹くさま。(風が冷たく寂しげに吹くさま。(漢検漢字辞典))
「瑟」の読みは「シツ、おおごと」。大きな琴の意味がある。

・執拗な【推鞫】にあった。
⇒【スイキク】=罪人を取り調べること。
「鞫」の読みは「キク、ただす」。他の熟語は、
【鞫治】(キクチ ) 罪をただし調べる。〈同義語〉鞠治。
【鞫訊】(キクジン ) 罪人を問いつめてとり調べる。〈同義語〉鞠訊。
【鞫断】(キクダン ) 罪人を問いつめて罪を決める。〈同義語〉鞠断。
【鞫獄】(キクゴク ) 罪を調べあげて、さばきをつける。〈同義語〉鞠獄。

【螽斯】の化を享受する。
⇒【シュウシ】=いなご、または、きりぎりす。
「螽」の読みは「シュウ、いなご」。
「螽斯」は音読みで「シュウシ」、当て字で「きりぎりす」と読む。(漢検漢字辞典)
要するに、いなご?きりぎりす?どっちでもいい?全部正解か・・・

「螽斯の化(か)」=子孫が繁栄することのたとえ。(日本国語大辞典)
*太平記〔14C後〕「螽斯(シウシ)の化(クヮ)行はれて、皇后、元妃の外、君恩に誇る官女、甚だ多かりければ」

今回は「推鞫」の読みが難しかったです。今日の勉強はここまで。ご苦労さん!

2011年7月11日月曜日

【過去問】H23-1音読み5-7

今日は勉強です。辞書は漢字源。

【貘】の絵を描いてお守りにする。
⇒【バク】=想像上の動物。銅・鉄を食い、また、人の悪夢を食うという。

・注文と【涓埃】も違わぬ出来である。
⇒【ケンアイ】=物事のほんのわずかなことのたとえ。
「涓」の読みは「ケン、しずく」。他の熟語は、
【涓涓】(ケンケン ) 水がちょろちょろと流れるさま。「泉涓涓而始流=泉ハ涓涓トシテ始メテ流ル」〔陶潜〕
【涓流】(ケンリュウ ) 小さい流れ。細流。
【涓滴】(ケンテキ ) したたり。しずく。「重露成涓滴=重露涓滴ヲ成ス」〔杜甫〕
【涓潔】(ケンケツ ) 清くてさっぱりしている。

・深窓に育って【笄年】に及んだ。
⇒【ケイネン】=〈故事〉はじめて笄(コウガイ)をさす年。女の十五歳のこと。
「笄」の読みは「ケイ、こうがい」。「昔、女は十五歳になると婚約者をきめ、髪に笄をさし、字(アザナ)をつけた。婚約しないときは二十歳になってからこの成年式を行う」のだそうだ。他の熟語は、
【笄冠】(ケイカン ) 笄(コウガイ)と冠。男女ともに成人の礼をあげること。
【及笄】(キュウケイ) 〈故事〉女が笄(コウガイ)(かんざし)をする年齢(十五歳)になる。
【冠笄】(カンケイ ) 男女の成人式。男は二十歳で元服して冠をつけ、女は十五歳で笄(コウガイ)をさす礼。〔礼記〕
【加笄】(カケイ) 〈故事〉女子の十五歳のこと。また、二十歳のこと。▽女子は十五歳になると許嫁(キョカ)(結婚の約束)をして笄(コウガイ)をさすことから女子の十五歳をいう。また、許嫁しなくても、二十歳になると笄をさしたから、女子の二十歳をもいう。

今日の問題は何とか読めました。ところで「笄年」のついでに「元服」を日本国語辞典で調べてみると、

げん‐ぶく 【元服】(現代は多く「げんぷく」。「元」は頭(かしら)・首(こうべ)、「服」は身につけることの意)
①古代中国の風習を模して行なわれた男子成人の儀式。年齢は一定しないが、平安時代以降では一二歳頃から一五、六歳までの間に行なわれる場合が多い。公家では、子どもの髪型である総角(あげまき)をやめて初めて冠(かんむり)をかぶり、児童の服の闕腋(けってき)から大人の服の縫腋(ほうえき)に変え、幼名を改め、貴人が理髪と加冠の役に当たった。武家では、冠の代わりに烏帽子(えぼし)が用いられ、「烏帽子始め」の儀を行ない、加冠役を「烏帽子親」、冠者を「烏帽子子」といい、その儀式は公家の場合に準ずる。室町中期以後、貴人の他は略式となり、前髪、月代(さかやき)をそり落とし、服の袖留めをするだけになった。のち、この風は庶民にも及んだ。初冠(ういこうぶり)。初元結(はつもとゆい)。
②女子成人の儀式。一二、三歳から一六歳頃までに行なわれ、初めは「髪上げ」の儀だけが行なわれたが、それに「裳着(もぎ)」が加わり、貴人や親戚の長者が裳(も)の腰紐を結ぶ役をつとめた。江戸時代では、服装の変化により、袖留めの式に変わった。
③江戸時代、結婚した女性が、眉をそり、お歯黒をし、髪型を丸髷(まるまげ)にかえることをいう。お歯黒だけをつけるのを半元服、眉までそるのを本元服というが、本元服は、懐妊または分娩の後に行なうのをふつうとする。

へえー、もとは「げんぶく」と濁音だったんだ!しかも中国の風習を真似ている!年齢は日本の方が早いのかな。
とにかく中国の影響はやはり大きいことを再認識した。

2011年7月9日土曜日

【論語2-22、19-10】人にして信無くんば~

論語の中で再三にわたって出てくる孔子が目指す最高の徳は「仁」(思いやりの心とでも訳そう)だが・・・・
むしろ「信」(信用、信義)をキーワードにして読んだほうが現代人にはわかりやすい、というのが学者であり評論家でもあった故谷沢永一の持論であった。(「古典の読み方」PHP文庫、「人生は論語に窮まる」PHP文庫)
大変参考になる意見と思っている。
昨日は「信無くんば立たず」だったので、今日は関連する別の箇所を見よう。(訳は金谷本。)

・子の曰わく、人にして信なくんば、其の可なることを知らざるなり。大車輗(ゲイ)なく小車軏(ゲツ)なくんば、其れ何を以てかこれを行(や)らんや。
・先生がいわれた、「人として信義がなければ、うまくやっていけるはずがない。牛車に轅(ながえ)のはしの横木がなく、四頭だての馬車に轅のはしのくびき止めがないのでは、[牛馬をつなぐこともできない、]一体どうやって動かせようか。」

この言葉は論語中で私が最も銘記しているところ。まあ、この人間社会は一人では生きられない、とすれば、互いの信頼関係が最も大事である。そのためには人に嘘はつかない、人を裏切らないことは至極当然のこと。この当然のことが難しいのだろう。今、世間を騒がせている九州電力のメール問題がまさしく住民への裏切り行為ではないのか。
また、「信」に関係する箇所で次のようなところがある。

子夏が曰わく、君子、信ぜられて而して後に其の民を労す。未だ信ぜられざれば則ち以て己れを厲(や)ましむと為す。信ぜられて而して後に諌(いさ)む。未だ信ぜられざれば則ち以て己れを謗(そし)ると為す。
・子夏がいった、「君子は[人民に]信用されてからはじめてその人民を使う、まだ信用されない[のに使う]と[人民は]自分たちを苦しめると思うものだ。また[主君に]信用されてからはじめて諌める、まだ信用されない[のに諌める]と[主君は]自分のことを悪く言うと思うものだ。」

これは実際の人間関係でよく理解できるところで、同じ言葉を言われても誰に言われるかでまったく違うということはよくあること。孔子が生きた2千年以上前も現代も変わらぬ真実というところか。

2011年7月8日金曜日

【論語12-7】信無くんば立たず

前回「信無くんば立たず」を持ち出したので、これを論語に見てみよう。(岩波文庫の金谷先生の訳)

●子貢、政を問う。子の曰わく、食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。子貢が曰わく、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何(いず)れをか先きにせん。曰わく、兵を去らん。曰わく、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何れをか先きにせん。曰わく、食を去らん。古(いにし)えより皆な死あり、民は信なくんば立たず

●子貢が政治のことをおたずねした。先生はいわれた、「食料を十分にし軍備を十分にして、人民には信を持たせることだ。」子貢が「どうしてもやむをえずに捨てるなら、この三つの中でどれを先きにしますか。」というと、先生は「軍備を捨てる。」といわれた。「どうしてもやむをえずに捨てるなら、あと二つの中でどれを先きにしますか。」と言うと、「食料を捨てる[食料がなければ人は死ぬが、]昔からだれにも死はある。人民は信がなければ安定しない。」と言われた。

孔子は弟子の子貢に対して、政治の要諦は、食料と軍備と信義の3つであると教えた。そして、最後まで残る最も大事なものが信義であるという。
その当時の時代背景を併せ考えても、この言葉はなかなか言えない言葉と思う。
※写真は小泉純一郎揮毫(印刷だが)の扇子です。

2011年7月6日水曜日

漢検1級に挑戦する意義

漢検1級を受検する人たちはどんなことを考えて受けているのだろうか。
わが同好会で受検する人たちは、やはり漢字が好きで、最難関に挑戦することに喜びややりがいを感じているように見える。

ちなみに漢検協会の「完全征服」には、このタイトルで前書きがある。
段落の見出しには「漢検1級の対象とする漢字の字種」、「21世紀の国語生活を展望し、漢検1級の価値」、「現今、漢字の字種、使用の実態」、「近代、それ以前の著述にも親しむ」とある。なかでも1級の意義に直接触れていると思うのは、次の部分である。
●「~、1級において個人の自由で豊かな言語の世界が切り拓かれ、展開することとなる、と思う。」
●「漢検1級に挑戦するのは、自分の漢字力、つまり国語(日本語)の世界を充実することなのであり、より文化的に向上する生活を目指した生涯学習の一階梯である。」

偉そうに言えば(※)、1級に受かるだけなら受験勉強方式でひたすら集中して一定の時間勉強すれば合格できるだろう。(実際、近くで中3で準1級合格、高1で1級合格した例がある。)  しかし、その文字、言葉の持つ意味合いとか深みをほとんど分かってはいない。これは年齢が若いというだけではないだろうと思う。
私が理想的だと思うのは、合格は160点から170点くらいの実力をキープし(それ以上の高得点は望まない)、むしろ「完全征服」で述べているように「近代、それ以前の著述にも親し」んで、自分の人生をより豊かにする教養としての漢字力、言語力を備えることである。加えて、人生の基盤となるもの、人生の原理原則となるものを備えることでもある。
そういう意味で、そろそろ古典の世界にも入って行き、孔子や老子、李白や杜甫などいにしえの多くの賢人たちと対話してみたいと考えている。

※「偉そう」と言えば、今日、松本復興大臣がホント偉そうに「知恵を出さないやつは助けない」とか「県で意見集約をちゃんとやれ。やらなかったらこっちも何もしないぞ。」とかの暴言がもとで辞任と相成った。聞いていて腹立たしい発言を、久しぶりに聞いたが、小泉純一郎が肝に銘じていた「信無くんば立たず」という言葉をご存じなかったに違いない。

2011年7月2日土曜日

【六花35号H20/3】中国と熟語シリーズⅤ

今日は、定期的に紹介している機関紙「六花」の人気連載です。
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「 好 好 先 生 」 K・K
 今年、二〇〇八年八月八日八時八分から北京オリンピックが開催される。この「八」という字は日本人にとっても中国人にとっても縁起の良い数字なのだ。日本では末広がり、中国では発音が「発」に似ているからだという。外国人の耳にはあまり似ているようには聞こえないのだが、「発」には金持ちになるという意味もある。かつて日本のIT長者が
 「お金を儲けるのは悪い事ですか?」
 と言って顰蹙をかったが、中国ではお金儲けはとても良いことなのだ。テレビのインタビューで将来の希望を若者に尋ねると金持ちになりたいと答える人は多い。日本で金持ちになりたいと素直に答えるのは子供だけだ。
 日本人といえどもお金の嫌いな人はいない。けれども本当に大切な物はお金では買えないと信じているし、露骨にお金を欲しがるのは浅ましい事だと嫌っている。
 中国人は欲しい物を欲しいと言うこと自体何ら恥だと思っていない。特に国家がそうだ。利益が欲しい、領土が欲しい、ガス田が欲しい、先端技術が欲しいとどこまでも要求し、他国の欲しがる物は断固拒否する。また自国に都合の悪い事は捏造だと言って無視する。日本人は辟易し、貪欲な国だと軽蔑する人は少なくない。けれども中国から見れば主張せず、拒絶もせず、捏造さえも安易に受け容れてしまう国など充分軽蔑に値するのだ。軽蔑語のひとつ「好好先生」とはお人好し、事の当否を問わずただ人と争わないように努める人の事を指す。日本人の奥床しさは誇るべきものではあるが、相手が同じ価値観を持っているとは限らない。
 中国がまだ貧しくソ連の援助なしにはやっていけなかった時代、毛沢東は核をめぐってフルシチョフと対立した際こう言い放ったという。
 「中国は人口が六億人いるから仮に原水爆によって半数が死んでも三億人が生き残り、何年かたてばまた六億人になり、もっと多くなるだろう。」
 これが日本であったら本気でないとわかっていても問題発言として大騒ぎになるが、中国ではこのような人が立派な指導者として尊敬されている。