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2011年12月21日水曜日

【六花10号2001/12】「虞美人草」

さて今日は、機関紙「六花」の過去の投稿記事から、中国の故事を題材にした力作を紹介します。
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      「 」  K.Kou

紀元前二百年頃の中国では天下を統一した秦の始皇帝が不老長寿の願いも空しく死去。始皇帝の死後、秦帝国を滅ぼして二大勢力となったのが、楚の項羽と漢の劉邦である。

項羽と劉邦は覇権を争い雌雄を決したが、項羽は利あらずして劉邦に敗れ、垓下(がいか)と云う町に手勢を連れて籠もった。

 楚軍の周囲を囲んだ漢軍に劉邦は敵の楚の地方の歌を歌わせた。これを聞いた項羽は「四面から故郷の楚の歌が聞こえる。もう楚は漢軍に降伏してしまったのか。何と楚人の捕虜の多い事か」と嘆いた。…四方を敵に囲まれて孤立無援の状態が四字熟語となった「四面楚歌」です。

 そこで項羽は一緒に居た愛妃の虞美人(グビジン、美人は女官名)と最後の別れの酒宴を開いたのである。項羽は愛馬の(スイ・馬の名前)愛妃の虞美人を憐れんで詩を歌いました。…これが、垓下の町で歌ったので「垓下の歌」といわれる詩です。

垓 下 の 歌

力は山を抜き気は世を蓋う

時利あらず騅逝かず

騅の逝かざるは奈何(いかん)とすべき

虞や虞や若(なんじ)を奈何せんと

歌の意味は山を引き抜いてしまうほどの力と、世をおおい尽くさんばかりの気力が有る…力も気力も勇壮盛んである事が四字熟語の「抜山蓋世」です。そして時と運は我に味方せずに敗れた。は疲れてもう前に進まない。どうしようか。虞美人や、そなたをどうしたら良いものか…と歌いました。

  宴の後、虞美人は足手まといになるのを嫌い自決します。項羽は騅と手勢で囲みを破り、揚子江の渡し場の地に逃れましたが、渡し守の進言に心を打たれて覚悟を決め、騅を渡し守に譲り、自刎しました。

戦いに勝った漢の劉邦は長安を都として漢王朝を開き、漢の高祖となりました。漢王朝は前漢と後漢に別れますが、約四百年の長きに亘りました。その後、紀元二二十年頃より「三国志」で知られる、魏、呉、蜀の三国時代となります。当時の日本は未だ弥生時代の晩期で「魏志」の「魏志倭人伝」に「倭の邪馬台国の女王、卑弥呼の使節が魏王朝に朝貢して、魏帝より三角縁神獣鏡百枚などを賜った」と、記されていた時代でした。
 さて、虞美人が葬られた墓前には美しい花が咲き、その花を人は虞美人草と名付けました。またの名は、雛罌粟、雛芥子、ヒナゲシで、ケシに似たやや小さい一年草で五月頃に、紅、黄、紫、白色の美しい四弁の花を開きます。西洋名はポピー。フランス名はコクリコです。

2011年12月3日土曜日

【六花14号2002/12】「師走は先生が走るか?」

早いもので12月です。陰暦12月の異称では師走といい、極月ごくげつ)、臘月ろうげつともいわれる。
今日は師走についての六花投稿を紹介します。
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師走は先生が走るか?  I・S

 十二月を師走(しわす)という。それは「先生が走り回るほど忙しい月」のことだと、単純に思っていた。調べてみて間違いだとわかったが、では、なぜ師走というのか?
▼まずは、困ったときの広辞苑を引いた。「陰暦十二月の異称。また、太陽暦の十二月にもいう。極月(ごくげつ)冬。」とあるのみ。さては広辞苑もわからないのか!▼次は、国語大辞典だ。広辞苑と同じ解説に加えて「語源未詳。師走は当て字。」と、あった。やはり、わからないんだ。でも当て字とは何だ?
▼次に、現代こよみ読み解き事典。ここで初めて諸説が紹介されていた。一般的な説としては、十二月は一年の終わりで皆忙しく、師匠といえども趨走(すうそう=ちょこちょこ走るの意)するというので「師趨」となり、これが師走となったというもの◆他説その一。師は法師の意であり、十二月は僧を迎えて経を読ませる風があったので、師が馳せ走る「師馳月」(しはせづき)であり、これが略されたものとする。これは、暮らしのことば語源辞典でも、平安末期の国語辞典「色葉字類抄」にもあるものとして、有力視している◆他説その二。四季の果てる月の意の「四極」(しはつ)が変化したものとするもの◆他説その三。一年の最後の月になし終える意の「為果つ」(しはつ)が変化したものとするもの◆他説その四。年が果てる意の「年果つ」(としはつ) が変化したものとするもの。
▼諸説あることはわかったが、定説と呼べるものもない。それで、インターネットでの情報収集に乗り出した。二つの有益な情報を得た◆一つは万葉集・日本書紀での表記のこと。早速、日頃読みもしない講談社文庫の万葉集を開いてみた。巻第八―一六四八に「十二月(しはす)には抹雪降ると知らねかも梅の花咲く含めらずして」とあり、日本書紀にも「十二月(しはす)」と出てくる。要するに、万葉・記紀時代は数字で書いて「しはす」と読み、「師走」とは表記していないので、「師走」は後世の当て字であることがわかる。「しはす」が「師走」より先にあったのであるから、字形でアプローチする「師趨」説は消去する◆もう一つは、日本語教育研究所の佐藤先生が国文学者の池田弥三郎氏の説を引用していたこと。これも、読みかけの本の「暮らしの中の日本語」を調べてみた。
▼師走坊主という語があり、それは貧乏でみすぼらしいことの比喩である。十二月は忙しく仏事まで手が回らず、お坊さんは貧乏してしまう。だから、師が走る説は消去▼十二か月の異称のなかに何何月と呼ばない名が三つある。如月(きさらぎ)・弥生・師走だ。この一群は他の月とは分けて考える必要があるらしい。総じて、漢字の字形のみに捕われず、もとの大和ことばに戻して考えることが、月名などの本当の意味に肉薄する方法だと述べている▼「しはす」は「しはつ」「仕果つ」に関連し、一年の極限を意味することばが十二月全体に広がって一か月の名前になったと、池田氏は考えた。
▼「しはす」が「しはつ」から来ているとしても、何故「師走」という漢字を当てたのかは、わからない。ここからは私の無茶苦茶な想像だが、「しはつ」の音に解りやすく覚えやすい「師」と「走」の漢字を当て、「師走」が誕生!そして、そこから、漢字の字形に即した「師趨」説や「師馳月」説が生まれてきたのではないか。
▼最初は単に、「師走は本当に先生が走るのか?」を調べただけだったのだが、悪しき性格が先へ先へと進ませた。「師走」一つ取っても、日本語の語源の摩訶不思議なことこの上もない▼語源辞典の決定版は未だ出ていないと思うが、少なくとも現時点での定説又は有力説を集めた、専門学者が集まっての日本語語源辞典の決定版を刊行してもらいたいものだ。() ア―、疲れた―・・・

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⇒実にいろんな説があるもんですね。「当て字・当て読み漢字表現辞典」では、「俗解による当て字だが表記と実感があいまって使用されている。」とあるように、慌ただしさを感じるうまい当て字ですね。

2011年11月30日水曜日

【六花10号2001/12】「登竜門」

今日は機関紙「六花」の紹介です。
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     仏教と熟語シリーズ Ⅶ 「登門」 K.K

  黄河の上流に「竜門」という伝説の場所がある。太古の昔、が山峡を三段に切り開いて黄河の洪水を導いたと伝えられている。滝のようなものすごい急流なのだがそこを押切って登ることのできた鯉は化して竜になるという。そこから出世コースの入り口として「登竜門」という言葉ができた。竜門に登ると読む。
一昨年の秋、京都の妙心寺大心院へ行った際「三級浪高化竜、痴人猶戽夜水」と書かれた掛け軸を見つけた。登竜門の事らしいと思ったのだが、禅寺と出世の門とはいかにも不似合いなと不思議に思い、ご住職に尋ねてみた。出典は碧巌録第七則だった。内容は長くなるので紹介しないが、面白かったのはご住職がさりげなく言われたこの言葉だった。
「竜門なんてね、特別な門じゃありません。どこにでもあります。目の前にある。ただ気付かないだけです。」
 いかにも禅僧らしい言い方だ。悟りの門などどこにでもある。目の前にある。それが見えないのは煩悩で目が曇っているからだという事なのだろう。
   けれども私が求めているのはそんなに立派な門ではない。努力せずに漢検の試験を突破する門、ゴルフで百を切る門、痩せる門……。何ともささやかでせこい門なのだ。
「そんなものは竜門とは言わないよ。せいぜい蛇にしかなれないね。」
と夫はせせら笑う。蛇だろうがミミズだろうが門があるならくぐりたい。
碧巌録では「跳び得ざるものは点額して回る」とあるが、私の額も竜門をくぐり損ねて瘤だらけなのだ。
所詮竜など架空の動物なのだ。と頭では諦めているが、目はまだ未練がましくキョロキョロと竜門を探している。
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⇒どこにでもあるという登竜門、片っ端から潜ってみたいものです。 

2011年11月19日土曜日

【六花10号2001/12】目障り、耳障りなこと

今日は機関紙「六花」(りっか)の記事を紹介します。

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  「目障り、耳障りなこと」  N.N

以前からそう思ってきましたし、今でもよく感じていることですが、私どもの日常生活の中で、場合によってはテレビ放送の中でも、目障り、耳障りな「言葉」、「読み方」、「書き方」に出合うことがよくあります。私自身そのつど、嘆かわしい、情ないと思ってきたことでありますので、少しその実例を紹介してみることとします。もっとも同好会の皆様方には、何とレベルの低い話と思われるでしょうが、我慢して下さい。
 尚、これらの中には、全く誤まっているものだけでなく、どちらでも間違いではないというものもあり、これは私の個人的な好き嫌いの感情も入っておりますので、ご承知おきいただきたいと思います。

  「師」と「帥」の区別がつかず、「総帥」を「そうし」と読む。
  「年齢」を「年令」と書く。
  「趣旨」と「主旨」を全く同じに使う。
  「直截」を「ちょくさい」と読む。
  「記す」を「きす」と読む。
  「発足」を「はっそく」と読む。
  「代替」を「だいかえ」と読む。
  「払拭」を「ふっしき」と読む。
  「早急」を「そうきゅう」と読む。
  「快刀乱麻を断つ」を「快刀乱麻」と言う。
  「目から鱗が落ちる」を「目から鱗」と言う。
 
 私は、日本語、日本語の言葉遣いは繊細で、微妙で、奥行きが深くて、表現力豊かで、地球上で最も魅力的で、優れた言語であると思っています。それだけに私たちは「日本語」というものをもっと大切に、ていねいに、いとしんで使うべき、いや使わせていただくべきと常々考えているものです。お互い、より一層愛情をもって日本語に接するようにいたしましょう。
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⇒日ごろから日本語・漢字に関心を持って観察していることが伝わってきますね。

2011年10月24日月曜日

【六花40号H21-9】中国と熟語シリーズ 最終回

今日は機関紙「六花」の好評連載記事でお楽しみください。
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」 K.K
          
   中国の南京市は以前ぐるりと城壁に囲まれていたが、毛沢東の命令ですっかり取り壊された。その後平山郁夫画伯を中心とする日本人のボランティアグループが手弁当で一部を修復し、今では南京の観光名所になっている。ところがその城壁の前を私は観光バスで往復したが、ガイドさんは日本人が修復したとは一度も言わなかった。
 さて、馬耳東風という言葉があるが、これは李白の「王十二の寒夜独酌し懐い有るに答う」という長い詩の一部で、いくら正しいことを言っても人々が聞き入れてくれない嘆きを「東風馬耳を射る」と表現している。中国の東風とは春先に東から激しく吹き荒れる強風のことで、それこそ射るほどの凄まじさだという。けれども四字熟語辞典では馬耳東風についてこのような説明がなされている。

 「人の意見や批評を心にとめず聞き流すこと。(略)東風は春風のこと。人間にはとても心地よい春風が吹いても馬の耳は何も感じないという意。」

 心地よい風が耳を射るというのは不自然だが、執筆者は日本の東風と中国の東風が違うものだとは思わなかったのだろう。このような思い込みはたくさんある。南京の城壁を修復したいきさつは知らないが、日中の友好を願っていたに違いない。けれども中国人にとって貰ってしまえば自分のものなのだ。当事者でもない日本人にいつまでも謝意を表す必要はない。修復に関わった人がもし裏切られたと感じたら、勝手に善意を押し付けた自己満足だと中国人は言うだろう。
 今、中国の都会では自動車のトラブルが絶えない。譲りあえばいいのにと思うのは日本人の価値観であって、中国人はバトルに勝利して割り込みに成功するのが快感らしい。譲ってくれた人に感謝など絶対にしない。新潟大学の大学院を卒業して新潟の企業に就職した中国人がいた。普段は穏やかなお嬢さんだったが車の運転は乱暴だった。ここは日本なんだからとたしなめると彼女はからからと笑ってこう言った。

 「大丈夫、大丈夫。日本人は必ず譲りますから。」

 譲りあいだけではなく、善意、歴史、友好、真実といった言葉ももしかしたら東風のように日本と中国では違うものかもしれない。

2011年10月5日水曜日

【六花39号H21-6 】中国と熟語シリーズⅨ

今日も昨日に続いて六花連載を紹介します。なかなか面白いですよ。ご一読を!
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上有政策、下有対策」 K.K

 中国のレストランでは箸袋の中に爪楊枝が入っていることがあるが、なぜか二本入っている。理由を聞いても中国人は困った顔をして答えてくれない。
 一般に日本人は奇数を好み、中国人は偶数を好むと言われているが単なる偶数ではなく、「双数」と言って対で考えるようだ。箸が二本で一組であるように爪楊枝も二本ないと落ち着かないらしい。日本では結婚祝いのお金は絶対に偶数であってはいけないと中国人に話したことがある。「二」は別れを意味するからだと言ったところ、その人はとても驚いた顔でこう言った。
「別々の二人が一つになるから双数はおめでたいじゃないですか。」
 ヤフーチャイナを検索していると現代的な言葉に接するが、標語、戯れ歌、コマーシャルなどは声に出して読んでみると実に調子が良い。押韻はもちろん、短い言葉でも対になっていることが多いからだ。
 中国で熟語と言えば四字熟語が多いが、その四文字の中に上下、左右、東西、山海、龍虎、朝暮など対で入っているものがかなりある。また熟語を二つ並べて対にすることもある。その中で私は「上有政策、下有対策」がとても好きだ。上に政策あれば下に対策あり。これはかなり新しい言葉だというが、いかにも中国人らしい現実的な考え方だ。為政者が善政を敷けばこれを享受し、悪政を行なえば親戚友人のネットワークで助け合ったり賄賂を贈ったりして庶民は上手に乗り切る。とかくこれしかない!と思い詰めがちな日本人にとってはこのような柔軟な生き方を学ぶのも悪くない。
ところで最近、面白い言葉を教えてもらった。「老婆是別人的好、文章是自己的好」という。中国語で老婆とは女房のことで、つまり「女房は他人の女房の方がいい、文章は自分の文章の方がいい」ということだ。
いつも投稿した後に、ああつまらないことを書いてしまったと後悔ばかりしている私にとって中国人のこの自信は実に実に羨ましい。

2011年10月4日火曜日

【六花38号H21-3】中国と熟語シリーズⅧ

急激な寒さで風邪気味です。今日は六花の好評連載をお楽しみください。
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「 噛 老 」  K.K

 今の中国は社会の変化が著しく、日常の言葉も絶えず変化していて辞書が追いつかない。二、三年中国語を学んだ人なら辞書が役立たなくて苛々したことが何度かあるはずだ。パソコン用語はもちろんのこと、せっかく覚えた日常の単語も
「今はもうそんな言い方しません。」
と言われてがっかりすることがよくある。辞書にない言葉はインターネットで検索すれば良いと教えてくれた人がいた。なるほど単語を入力すると、それに関する文章がどっと現れる。新しい言葉には解説も載っているので辞書としては重宝だが、そこにもまた新しい言葉が登場する。そうやって見つけた言葉のひとつに「噛老」がある。老人を噛む、つまり親の脛を齧るということで、ニートは噛老族という。
 四十年前の中国語テキストは実に退屈だった。「困難を克服する」「労働者たちは祖国のために日夜休むことなく働いている」などという文例ばかりで、とうてい中国人と友達になれそうもないと思っていた。噛老のほかに悠客(スローライフ)、宅男宅女(おたく)、裸考(コネも優遇もない受験)などといった言葉を見ると、中国も普通の国になったものだとしみじみ思う。
 ところで三年前に私の娘は結婚したが、夫は娘が子供のうちから結婚式には必ず泣くと宣言していた。それなのに式場のドアが開いたとたん、夫はニコニコしながら娘と腕を組んで登場したのだ。後で夫が言うには、開式直前にドアの前で、
「ああ、これでもう脛を齧られなくなるなあ。」
としみじみ言ったところ、娘は
「何言ってんの。しっかり齧るからよく洗っときなさいよ。」
と言って父親の脛を思いっきりハイヒールの先で蹴飛ばしたのだそうだ。おかげで泣き損ねたと夫はぼやいていたが、その言葉通り我家の噛老娘は今でも老いさらばえた父親の脛にしっかり噛みついている。

2011年9月14日水曜日

【六花37号H20-9】中国と熟語シリーズⅦ

前回に続き、今日も六花のシリーズ投稿を紹介します。気楽にお読みください。
実は仕事で疲れたので勉強する気がしないのであった。
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 「 学 以 致 用 」 K・K
最近の中国の若者は英語に堪能な人が多くなった。しかも発音がとても良い。これは小学生のうちからネイティブの先生たちに英語を教わるようになったからだという。
日本でも小学生から英語教育を始めるべきだという声は多いが、必ず「教える教師がいない」「それよりも国語教育のほうが大切」と反対される。二十年以上も前からそう言われてきたが未だに教員養成のカリキュラムができたとも国語教育が外国語に充分対応できるほど充実したとも聞いていない。中国人にできてなぜ日本人にできないのか、それは英語を学ぶ目的が日中で違うからだと思う。日本の教育界にとって英語とは「学ぶ」こと自体が目的なのだ。正しい文法、正しい語彙を学ぶためには高い国語力が要求される。けれども何のために英語を学ぶのかは問題にされない。
中国人にとって英語とは学問ではなく技能の習得だという。留学生達が言うには自動車学校で運転を学ぶのと同じ感覚なのだそうだ。先端技術を得るため、就職のため、金儲けのため、とさまざまな目的を達成する手段として英語を学ぶ。どちらが良いかはここでは問わないが、中国人はこれを「学以致用」と言う。つまり実際に役立てるために学ぶということだ。いかにも中国人らしい現実的な考え方だ。
私は日本語の流暢な外国人に会うと必ずその勉強方法を尋ねているが、実は中国人から教えてもらった方法が一番効率が良い。
ところでヤフーチャイナで「笑話」を検索するとジョークが沢山載っているが、一部を紹介しよう。

ある日国連で会議が開かれた。各国代表は皆発言したがっていた。イギリス人の議長は日本人に発言を許可した。日本人はなにやらもごもご発言した。議長が言った。
「英語で話せませんか?」
日本人は言った。
「私は英語で話しています!」

何年も苦労して正しい英語を学びながらろくに話せない日本人は、中国の若者からはバカに見えてしかたがないようだ。

2011年9月12日月曜日

【六花36号H20-6】中国と熟語シリーズⅥ

今日は久しぶりに六花の連載シリーズです。
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両 袖   K・K
 
 このたびの四川大地震では多くの学校が倒壊した。これは手抜き工事のせいだとも言われている。手抜き工事なら残念ながら日本にもあるが、それはあくまでも業者側の問題なのだ。中国人はそこに賄賂による役人と業者との癒着を疑うようだ。
 中国で事業を行っている人達に成功の秘訣を尋ねると異口同音に役人への賄賂が必要不可欠だと言う。裁判官への賄賂を断わったため酷い嫌がらせを受けたという話はよく耳にする。
 そのような話を聞くとたいていの日本人は嫌な顔をするが、日本と中国では役人の俸禄のあり方が違った。経済の基盤は、日本は年貢米であったが中国は税金で米はそれほど重要ではなかった。城郭都市の城門や交通の要衝からは通行税、都市内では市場利用税などが徴収されていた。地方の知事はその徴税を決まった額だけ皇帝に上納すれば残りを自分の懐に入れても構わなかったし賄賂も見て見ぬふりされた。時代によって異なるが、知事は僅かに米、薪、塩などの現物供与があっただけで原則としては無給であった。またせっかく科挙の試験に合格して役人になっても、政変でその地位を失うこともあれば讒言によって一族諸共退けられることもある。だから取れるうちに取れる所から取れるだけ取っておこうとするのだ。質素倹約に努め悪い事さえしなければ一生安泰の日本とは根本的に違う。
 役所には実務を行う小役人もいたが、彼らもまた無給であった。そこで自分の果たす職分を権利とみなしそれを使って利益を得ていた。すべての役人にまともな人件費を支払っていたのでは国家の経済は成り立たない。
 けれども中国人の名誉のために付け加えておくと、清廉潔白な役人もいたのだ。後漢の揚振は、「天知る地知る子知る我知る」と言って賄賂を退けたが、これは「四知」として日本でも知られている。明代の于謙は民から一切賄賂を受け取らず、高官へ賄賂を積むこともなかった。そして彼の詩の中から「両袖清風」という言葉が生まれた。袖の中に清清しい風しか持たないという意味で、今でも中国ではこの言葉が生きている。 
 ただそのような人達は亡くなった後、家には葬式の費用も残っていなかったという。

2011年7月30日土曜日

【六花10号H13-12】「漢字と日本人」2

昨日の続きです。

Ⅲ 漢太郎独断のポイントと私見(※矢印以下は私見です。)
 書評紹介だけで殆どのページを埋めてしまったが、概略は呑み込めたのではないかと思います。私が感じた点をいくつかあげます。
① 漢字が入ってきたために、まだ未成熟な日本語はみずから新しいことばを生み出せなくなった。そのため抽象的概念を表わす言葉を未だ持っていなかった日本語は、それらを漢字で使用することになったこと。→なるほど。
② 漢字の音は本来言葉の意味を表わす、意味のある音であったにもかかわらず、音の種類の少ない日本へ入って、意味のないただの音になってしまった。生、静、整、西、省、成…など本来異なる意味を持ち、異なる音を持ちながら、日本では皆「セイ」となってしまった。→なるほど。
③ 日本語(和語のこと)はかなで書けばよいのであって、漢字で書くことはナンセンス!という主張。→そうかもしれないが、一目で理解できる点は便利と思う。
④ どんなことばでも漢字で書こうとしたり、漢字が本字でかなはまにあわせの意味での仮名という意識は漢字崇拝の愚である。当て字はかなで書けばよい。→理屈はそうかもしれぬが、読みやすい文章のための漢字使用率という観点も必要と思うが。
   現在の日本語は和語(やまとことば)、字音語(漢語と和製漢語)、外来語、混種語(の3種の混じった語)で出来ていて、字音語と混種語は漢字で書かねばならないが、和語はかなで書くべき。→著者一流の理論であると思うが、しかし、……。
   言語の実体は音声であるのに、日本語では字音語が8割以上を占めるため、文字が言語の実態になってしまい、耳で聞いたことばをいずれかの文字に結び付けないと意味が通らない。この意味で日本語は「顛倒した言語」であり、特殊な言語であるということ。→なるほど。しかし、良し悪しは別問題か。
   明治以降の国語政策は、西洋に追い着くためには、漢字を廃止して表音文字(かなやローマ字など)にする方針の下、その渡り段階として漢字制限を行った。(→そんな意味だとは全然知りませんでした。) さらには戦後においては、何の思想もない筆写文字に合わせるための字体の無残な簡略化。
   專が専に、傳が伝に、團が団になって共通義を持ったグループの縁が切れた。
   假が仮になって、暇や霞と縁が切れた。
   單の上部も榮の上部も學の上部も、みな同じ3つの点で表示された。
  →現在では漢字全廃論はなりをひそめてしまったが、すでに改正された新字体の簡略化の問題は、漢字に内在する意味を尊重した見直しが必要。
⑧ 文字は過去の日本人と現在の日本人とをつなぐものである。拡張新字体が増え、正字が抹殺されていくなか、文化資産としての文字をJISの手から放す事が必要である。→過去と現在をつなぐ点は確かにそう思う。JISについてはどんなものか。
⑨ 字音語は漢字で書かなければならないが、和語などできるだけ漢字は使わないようにする。しかし、漢字を制限してはならない。→わかりにくいが、著者は使用しないことと制限を区別している。つまり、漢字使用の枠決めや安易な改変はすべきでないが、ふだんはなるべく漢字を使わないことを主張しているのだと思う。この点は日常の場合とそれ以外の場合などで違ってくるのではなかろうか。
⑩ 音声が、文字の裏付けがなければ意味を持たないという点で、日本語は世界でただ一つの特殊な言語である。音声が意味をになっていないというのは、言語としては健全な姿ではない。畸型的な言語であり、そのまま成熟した今では「腐れ縁」であり、日本語は畸型のまま生きてゆくしかない。→この本の結論の部分だが、「健全でない」とか、「畸型的な言語」であるとか、「腐れ縁」であるとか、私にはそれが正しいのかどうか分かるはずもないが、日本語を使用する者としてそれこそ言葉の選び方を間違えているか、もしくは別の表現方法があるのではないだろうか。(感情的に言えば、その表現では日本語があまりに可哀想であると思う。)

Ⅳ 蛇足
 中学校の校長先生が、新聞記者から質問を受けて「それは仮定の問題でしょう」と答えた。ところが新聞には、「校長は家庭の問題だと語った」と報じられ、校長は誤解を受け、迷惑をこうむった。
 これがこの本の書き出しの部分だった。
 それが、言語の分析、漢字の歴史、日本語の構造、漢字崇拝、明治以降の国語政策、これからの日本語……などに、ことばはやさしいものの、どんどん掘り下げてしまうのである。著者一流の理論構成がしっかりされているが、それこそ「尽く書を信ずれば即ち書なきに如かず」で、やはりこんな石頭でも自分なりに考えてみることは必要なのだろうと思う。何事鵜呑みにすべからずだろう。
 しかし、この本は、日頃、木を見て森を見ずの自分にとって、今までにない刺激的な本であり、一読の価値があったと思っている。今回は長文で御容赦をお願いしたい。

⇒この本は一読の価値有る本であるが、読者は批判的精神をもって読むことでより有益な示唆が得られるのではないか、私はそう考えています。

2011年7月29日金曜日

【六花10号H13-12】「漢字と日本人」1

前回まで「漢字と仮名の使い分け」のテーマにそって述べてきた。今回は、先に出てきた「漢字と日本人」という本について、六花記事から紹介したい。

「漢太郎の本棚NO.3」漢太郎


今回は、最近漢太郎が読んで特に強くインパクトを受けた本があります。
「漢字と日本人」という新刊本です。
この本については、じっくり書いてみたいと思い、ページが増えてしまいました。
今回はこの本のみ取り上げます。では始めましょう。長文御勘弁を!

書名 「漢字と日本人」 高島俊男 著、文春新書、720円+税発行
平成131020日 第1

Ⅰ はじめに
 決して難しい本ではない。むしろ難しいことを、とてもやさしく書いてある本だ。また、学者が読むような専門書とも違う。しかし、漢字や日本語に関心がある人にとっては、最初から最後まで刺激に満ちた本だろうと思う。人によっては漢字・日本語に対する考え方が180度変わってしまう、そんな可能性を持っている本だと思う。私にとっては、これまで読んできたこの種の本の中では、最も強いインパクトを受けた本となった。

Ⅱ 内容紹介及び書評から
 ちなみに世間一般のこの本に対する内容紹介及び書評(主に一般投稿)を探ってみたので紹介したい。これだけでおおよその内容がわかると思う。(※下線は漢太郎)

●内容
本来漢字は日本語とは無縁。だから日本語を漢字で表すこと自体に無理があった。その結果生まれた、世界に希な日本語の不思議とは?
「カテーの問題」と言われたら、その「カテー」が家庭か假定かあるいは課程か、日本人は文脈から瞬時に判断する。無意識のうちに該当する漢字を思い浮かべながら…。あたりまえのようでいて、これはじつは奇妙なことなのだ。本来、言語の実体は音声である。しかるに日本語では文字が言語の実体であり、漢字に結びつけないと意味が確定しない。では、なぜこのような顛倒が生じたのか?漢字と日本語の歴史をたどりながら、その謎を解きあかす。

●書評1 ~(略)~

●書評2 「革命的小著」
 このわずか250頁の小さな本が与えてくれる知的興奮は数千頁の専門書に勝る。この本のすばらしさはふたつ、書き方と内容。週刊文春の連載『お言葉ですが』で実証済みの客を逃さない文章のうまさ。それにこの原稿が元々外国人向けに準備されたものを下敷きにしているという事情も手伝ってわかりやすい。論理に隙がない。なぜこのような文章が書けるか。漢字と日本語と言語学一般について著者がず抜けた見識を持っているからだ。
日本語話者が漢字を導入したというのは、日本語を書き表す記号として英語を単語熟語ごと取り入れて、それを日本語で読み替え、さらに英語の読みも残したと言うに等しいと言われると(75頁)かなりドキッとする。和語である「とる」を取る採る撮るなどと書き分けるなどアホな!!ことと喝破される(87頁)となおドキッとする。だが納得させられる。
漢字導入の成否は結局良し悪しらしい。音声が意味を担えなくなったので言語としては「畸型」になったけれど、語彙が豊富になったのも事実。和語に漢字を使うのはやめて、その一方で字音語(漢熟語など)の表記には漢字を使い、その際正字体(旧字体)の意義を見直すべしというのが著者の主張。
この本は漢字に対する考えを変えさせる力を持っている。評者は国語教師をしていたが、大きなお世話であることを承知でこの本を国語教師にまず読んでもらいたいと思った。なぜ漢字を教えるのか、なぜ漢字を学び、そして使うのか教師は納得しておくにしくはない。教養としての漢字でなく、日本語にとってやっかいでそして「腐れ縁」となった存在 ! ……そして、それでも漢字は大切なのだ。
なお疑問もある。著者は音声が意味を担えないのは言語として健全な姿ではないという。健全かどうかを著者があまり好きではない西洋の言語学の立場から判断しているように感じた。これは健全とか不健全の問題なのだろうか。私にはむしろ興味深い面白い言語に思えるのだが。

●書評3 ~(略)~

●書評4 
 本書を読み、まずびっくりするのは、「日本語は、世界でおそらくただ一つの、きわめて特殊な言語である」という著者の見解である。言語の実体はそもそも音声であって、文字は本来的なものではない。人が声に出し、それを聞いて意味をとらえるのが言語の本質である。文字をもたない言語も山ほどある。ただ日本語だけが例外で、言葉の半ば以上は文字のうらづけなしには成り立たない。コーエンと聞いたって、それだけでは公園なのか講演なのか後援なのか好演なのか高遠なのか分からない。
 文字(漢字)に頼り切ることで、はじめて言葉が成立する。それが世界的にも特異なことだと著者は説くのだが、その特異さは、千数百年前に漢字が渡来したときにムリして「よみ」をあてたことにはじまるのだという。漢字をありがたがり、ことさらに重視することのこっけいさを書き、また一方で、戦後のどさくさにまぎれて漢字の制限を決めた「国語改革」の愚かさ加減をも突く。漢字はもともと日本語の体質にあわない。漢字によって日本語は畸型化したが、これからも畸型のまま生きてゆくほかないとする結語を見よ。(日刊ゲンダイ)

●書評5
 中国文学研究者にしては、漢字があまり好きではないようだ。というより、むしろ嫌っていると言うべきかもしれない。漢字を取り入れることによって、日本語の発達が止まってしまった、というのが著者の持論である。ただ、だからといって短絡的に漢字不要論を唱えているわけではない。千数百年まえに日本にとって漢字は世界でたった一つの文字だったから、受容するのはやむをえない、というのがその理由である。
 漢字を論じる本は取っつきにくいものが多い。もともと文字学や音声学のみならず、語彙論や意味論の問題も絡んでいるから、いきおい専門的な叙述になりやすい。だが、高島俊男の手にかかると、難しいテーマもわかりやすいものになる。しかも身近なたとえで、ユーモラスに説かれている。言語問題に関心を持つ者にとって、ありがたい気配りである。
 だからといって、内容が浅いということはもちろんない。万葉仮名については専門家の論考を引用したり、言語史や音韻学に関連する問題についても関係文献をきちんと読み込んだ上で批評している。
 するどい舌鋒はいつもと変わらない。中国から漢字をもらったのは、恩恵をこうむるどころか、日本文化にとって不幸なことだと断言し、漢字の多い文章を書くのは、無知で無教養な人だ、とけなしてはばからない。さらに、一般民衆のことを「無教育な者」と言い放ち、平安物語文学を「女が情緒を牛のよだれのごとくメリもハリもなくだらだらと書きつらねたもの」と一蹴する。歯に衣着せぬというより、はらはらさせられる発言である。
 過激なことばの裏には、日本語に対する並々ならぬ愛情がある。とくに近代日本の漢字政策についての批判には、強烈な思いがこめられている。明治維新から戦後にいたるまで、人為的要素によって、日本語の漢字はさまざまな混乱が生じた。なかでもいわゆる国語改革は取り返しのつかない失敗をもたらした。この二点は本書の眼目であり、またもっとも力を入れて論じられたところである。
 英語をはじめ、西洋語を翻訳したとき、明治の知識人たちは音を無視して文字の持つ意味だけを利用した。その結果、文字を重んじ、音声を軽視するという悪弊をもたらした。それに比べて、江戸時代以前の和製漢語は耳で聞いてわかる。しかし、明治の造語は字を見ないと見当がつかない、と著者はいう。
 当用漢字の制定は、国語改革という名のもとで行われた愚行である――この見方に立脚して、明治期から戦後にいたるまでの、さまざまな漢字廃止論を取り上げ、容赦ない批判を加えた。かなの使用、ローマ字化、はたまた英語やフランス語を国語とするなど、主張は種々雑多だが、漢字にかわって「先進的な」表音文字を取り入れようとする点ではすべて共通している。
 漢字廃止論の検証を通して、近代日本人の精神構造を逆照射させる手法は鮮やかである。かつて一世を風靡した「改革」も、今日振り返って見れば、いずれも盲目的な西洋崇拝によるもので、浅はかな認識にもとづく失策にすぎない。進歩史観に対する批判は辛辣でおもしろい。著者のことばを借りれば、明治以来、「坂の上の雲」ばかり見て、愚かなことをくり返してきた。だが、坂の上にたどりついてみれば、雲に見えたのは蜃気楼に過ぎなかった。
 戦後の国語「改革」も同じである。かなづかいの変更、字体の変更、漢字の制限は結局、文化の連続性を切断するという悪果しかもたらさなかった。文化批判としては一つの知見といえよう。その点において、本書が持つ意味はたんにことばの問題にとどまらない。時代が大きく変動する現代では、文化の将来を考える上で傾聴すべき意見である。
(毎日新聞2001年11月4日東京朝刊から)

続きは次回とします。

2011年7月26日火曜日

【六花47号H23-6】新聞コラムはなぜ読みやすいか

分かりやすい文章のためには、漢字と仮名の使用の割合にも関係する問題ですが、六花投稿にその記事がありますので参考に紹介します。

 新聞コラムはなぜ読みやすいか  漢太郎
                                          
 お久しぶりです。漢太郎です。今回は新聞コラムについて考えてみたいと思います。毎日読む新聞の第1面の下にあるコラム欄は、いろんな話題を取り上げ、ウイットに富んだ文章も多く、また、とても読みやすいため毎日楽しみにしています。
 なぜ読みやすいのか、そんな疑問を抱いていました。たぶん、文章が平易であること、身近な題材を取り上げていること、漢字が少ないこと、などではないかと思っていました。今回は実際に直近のコラムを対象に分析してみることにしました。
 まずはコラムの代表にふさわしい天声人語です。下の表をご覧ください。毎日のコラムについて、漢字、ひらがな、カタカナの使用割合を算出したものです。8日間の平均(単純平均)では漢字が35%、ひらがなが49%、カタカナが4%となっています。(※小数点以下は四捨五入しました。また合計で100%にならないのは句読点や記号などが10%程度あるためです。)
 一方、地元紙の日報抄については、同じ8日間の平均で、漢字が32%、ひらがなが53%、カタカナが4%です。この両者の比較でわかることは、日報抄の方が漢字の使用が若干少なくて、ひらがなの使用は逆に多いということです。
 漢太郎自身は日報抄の方を好んで読んでいますが、読みやすい条件の一つには、漢字とひらがなのバランスが大事ということです。もちろん、取り上げる題材や文体なども関係ありますし、何といっても書き手の熱気や感性が最も重要ではないかと考えています。
 今回調べたこの2つのコラムの全平均では、漢字が34%、ひらがなが51%、カタカナが4%という結果でした。機会があれば後日また集計をしてみたいと思いますが、ここで今回の分析での一つのまとめとしては、日常の文章で読みやすい文章を書くための目安は、概ね漢字が3割、ひらがなが5割を想定するのがよいのではないかということです。
 新聞の社説についても分析しましたが、紙数の関係で次回にしたいと思います。ところで、よく字数を数えたなあと驚いている方もいるかもしれませんので、種明かしをしますと、こういう形で文書ファイルの文字数を種別に瞬時に数えるパソコンソフトがあるのでそれを使いました。でもそれなりに時間を要する集計作業でしたので、まっ、ひとつ褒めてやってください。ちなみにこの投稿文章は、漢字が27%、ひらがなが56%でした。

2011年7月2日土曜日

【六花35号H20/3】中国と熟語シリーズⅤ

今日は、定期的に紹介している機関紙「六花」の人気連載です。
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「 好 好 先 生 」 K・K
 今年、二〇〇八年八月八日八時八分から北京オリンピックが開催される。この「八」という字は日本人にとっても中国人にとっても縁起の良い数字なのだ。日本では末広がり、中国では発音が「発」に似ているからだという。外国人の耳にはあまり似ているようには聞こえないのだが、「発」には金持ちになるという意味もある。かつて日本のIT長者が
 「お金を儲けるのは悪い事ですか?」
 と言って顰蹙をかったが、中国ではお金儲けはとても良いことなのだ。テレビのインタビューで将来の希望を若者に尋ねると金持ちになりたいと答える人は多い。日本で金持ちになりたいと素直に答えるのは子供だけだ。
 日本人といえどもお金の嫌いな人はいない。けれども本当に大切な物はお金では買えないと信じているし、露骨にお金を欲しがるのは浅ましい事だと嫌っている。
 中国人は欲しい物を欲しいと言うこと自体何ら恥だと思っていない。特に国家がそうだ。利益が欲しい、領土が欲しい、ガス田が欲しい、先端技術が欲しいとどこまでも要求し、他国の欲しがる物は断固拒否する。また自国に都合の悪い事は捏造だと言って無視する。日本人は辟易し、貪欲な国だと軽蔑する人は少なくない。けれども中国から見れば主張せず、拒絶もせず、捏造さえも安易に受け容れてしまう国など充分軽蔑に値するのだ。軽蔑語のひとつ「好好先生」とはお人好し、事の当否を問わずただ人と争わないように努める人の事を指す。日本人の奥床しさは誇るべきものではあるが、相手が同じ価値観を持っているとは限らない。
 中国がまだ貧しくソ連の援助なしにはやっていけなかった時代、毛沢東は核をめぐってフルシチョフと対立した際こう言い放ったという。
 「中国は人口が六億人いるから仮に原水爆によって半数が死んでも三億人が生き残り、何年かたてばまた六億人になり、もっと多くなるだろう。」
 これが日本であったら本気でないとわかっていても問題発言として大騒ぎになるが、中国ではこのような人が立派な指導者として尊敬されている。

2011年6月16日木曜日

【六花34号H19/12】中国と熟語シリーズⅣ

そろそろ過去問の勉強もしなければと思うのだが、今日も酔ってとても無理なので、六花の人気連載の続きを紹介することとする。

「 文 明 中 国 」K・K

 直行便が飛んでいるおかげで新潟に上海へ行った事のある人は多い。現代建築ばかりでつまらないとあまり評判はよくないが、私は上海の街を歩くのが好きだ。活気ある人込みの中を歩いていると、ふと昔の長安や大都の賑わいを思う。人々は自信に満ち、その時代の建築物が軒を連ねている。そして大勢の外国人や留学生が行き交い、道は昔なら馬、今は車で騒がしい。
 ただ、昔には決して見られなかったものがある。至るところに貼られた『文明中国』の標語だ。最近よく目にするようになったが、中国人の考える文明とは一体何なのかよくわからない。
レストランなどでは『文明礼貌』を見かける。礼貌とはマナーのことだ。
 建築工事現場には『文明施工』が貼られているが、覗いた専門家達は一様に恐ろしいと言う。いつ何が起きても不思議ではない施工なのだそうだ。
 高速道路には『文明開車』が掲げられている。開車とは運転のことだが、絶対に譲りあわない中国人どうしのバトルは凄まじい。中国では国際自動車運転免許を認めていないので外国人とトラブルを起こす事は滅多にない。身内で思う存分闘い、時には事故を起こし、結局長い渋滞の列を作ってしまう。
 昔から中国は文明国であった。少なくとも中国人はそう思っていた。だからわざわざ文明を強調する必要などなかったのだ。そして気がついたらいつの間にか後進国になっていた。発奮した国民が一丸となって努力した結果、物質文明だけは飛躍的に向上したもののそれだけでは中国の威信を世界中に示す事ができないと気付いたのだろう。『文明中国』の標語はオリンピックを前にしてマナーだけでもなんとかしなければという焦りなのかもしれない。
 ところで去年上海へ行った時、私は男性用トイレの入口で不思議な貼り紙を見つけた。『一歩の前進は文明のバロメーター』とある。はて、何のことだろう首を傾げていたら、中から出てきた男性がにこにこして教えてくれた。
 「その意味はね、男性にしかわからないですよ。」

2011年6月14日火曜日

【六花18号H15/12】漢字尻取り

六花レギュラーの漢太郎の記事を紹介します。この漢字尻取りはなかなか面白いアイデアです。

   ★ 漢字尻取りに挑戦!★ No.1   漢太郎

】内の漢字を読んでください。「一」からスタート!答は下に。
スタート
1 一日難再【晨】いちにちふたたび【 】なりがたし 
2【晨昏】早朝と晩。
3【昏耄】年をとって頭がぼける。
4【耄碌】〔国〕年老いて、からだが衰え、精神がぼけること。
5【碌青】銅に生ずる緑色のさび。
6【青鞋】わらじ。
7【鞋韈】くつと、くつした。
再スタート
8【一字褒貶】詩や文の、一字の使いわけで、人をほめたりけなしたりすること。
9【貶竄】官位をさげて遠方の地へ流刑にする。
10【竄窃】他人の詩や文章の一部、または全部をこっそりぬすみとって、自分がつくったもののようにする。
11【窃鉤窃国】〈故事〉鉤(帯どめの金具)をぬすむことと、国をぬすむこと。どちらもぬすみにはちがいないのに、小さい場合は処罰され、大きい場合は権力をにぎって、富貴を得る。この世の賞罰が公平でないこと、権力が法を左右することのたとえ。▽「荘子」。
12【鉤章棘句】あちこち、ひっかかる文章。読みにくい文章のこと。
13【棘薪】たきぎに使えるほど生長したいばら。
14【薪燎】かがり火。また、かがり火を燃やすためのたきぎ。
15【燎猟】林をやいて狩猟する。
16【猟渉】①あさり歩く。②転じて、広く書物や資料を見て調べること。また、収集すること。
17【跋渉】原野をこえ川をわたる。あちこち歩きまわること。
18【跋扈】①わくをはずしてかってにはびこること。②転じて、あたりをふみにじり、思うままに勢力をふるう。
19【扈蹕】天子の外出につき従う。
20【蹕路】天子が行幸するとき、道のさきばらいをする。
21【路傍】路旁。道のほとり。道ばた。
22【傍輩】①友達。②同僚。
23【輩流】なかま。同輩。
24【流行坎止】ながれに乗れば行き、険しい所にあえば止まる。世が平和なときは出仕し、世が険悪なときは、出仕をやめて民間にいること。▽「坎」は、落し穴。
25【坎穽】おとしあな。
26【穽陥】おとしあな。
27【陥擠】人を押して罪におとしいれる。▽「擠」も、おとしいれる。
28【擠抑】おしのけ、おさえつける。他人の昇進を妨げること。
29【抑塞】おさえやめさせてふさぐ。
30【塞虜】辺境の異民族。

(解答)1 アシタ、2 シンコン、3 コンボウ、4 モウロク、5 ロクショウ、
6 セイアイ、7 アイベツ、8 イチジホウヘン、9  ヘンザン、10 ザンセツ、
11 セッコウセッコク、12 コウショウキョクク、13 キョクシン
14 シンリョウ、15 リョウリョウ、16 リョウショウ、17 バッショウ、
18 バッコ、19  コヒツ、20 ヒツロ、、21 ロボウ、22 ホウバイ、
23 ハイリュウ、24 リュウコウカンシ、25 カンセイ、26 セイカン、
27 カンセイ、、28 セイヨク、29 ヨクソク、30 サイリョ

(出典)学研電子辞典「漢字源」