2011年6月8日水曜日

【言葉探し】臓腑

昨日に続いて今日も言葉探しをしてみました。題材は「臓腑」関係です。
よく知っている言葉が多いです。意味は広辞苑を主としました。

【断腸】 はらわたを断ち切ること。はらわたがちぎれるほど、悲しくつらいこと。「―の思い」
[補説]中国、晋の武将、桓温が三峡を旅したとき、従者が捕らえた子猿を追って母猿が百里あまり岸伝いについてきて、やっと船に飛び移り、そのまま息絶えた。その腹をさくと腸はみなずたずたに断ち切れていたという「世説新語」黜免(ちゅつめん)の故事による。(大辞泉)
⇒悲しい物語ですな。真実は別にして・・・。我々は背景のこういう物語を忘れて(あるいは気に留めないで)言葉を使っているということですね。

【臥薪嘗胆】 (春秋時代、呉王夫差(ふさ)が越王勾践(こうせん)を討って父の仇を報じようと志し、常に薪の中に臥して身を苦しめ、また、勾践が呉を討って会稽(かいけい)の恥をすすごうと期し、にがい胆を時々なめて報復を忘れまいとした故事から) 仇をはらそうと長い間苦心・苦労を重ねること。転じて、将来の成功を期して長い間辛苦艱難すること。
⇒これは超有名な言葉ですが、物語まで説明できるかというと難しいでしょう。

【病膏肓(こうこう)に入(い)る】 [左伝成公十年](病が重くなった晋の景公の夢に、二人の子どもとなった病魔が名医の来ることを知って、肓の上、膏の下に隠れたという故事から)
①不治の病にかかる。また、病気が重くなってなおる見込みが立たないようになる。
②転じて、悪癖や弊害などが手のつけられないほどになる。また、物事に熱中してどうしようもないほどの状態になる。
⇒「膏肓」は「(「膏」は心臓の下の部分、「肓」は横隔膜の上の部分。コウモウは誤読) 病気がそこに入ると、容易になおらないという部分。」だそうです。
また、二人の子どもとなった病魔は「二豎(にじゅ)」と言い、「(「豎」は子ども。病んだ晋の景公が、病魔が二人の子どもになり、良医をおそれて肓(こう)の上、膏(こう)の下に隠れた夢をみた故事による) 病魔。転じて、病気。」の意。

【夢は五臓の疲れ】 夢を見るのは、五臓の疲労による。多く夢見の悪い時のなぐさめ、とりなしに言う。
⇒「心(しん)の疲れ(=煩い)」ともいう。五臓は「心・肝・脾(ひ)・肺・腎(じん)の五つの内臓。」のこと。悪い夢を見たときに使える言葉だな。

本日はここまで。いい夢を見よう。

2011年6月7日火曜日

【言葉探し】全身

全身にまつわる言葉のなかから謂れのあるものを探してみました。意味は広辞苑です。

【怨み骨髄に徹す】 [史記秦紀「繆公之怨此三人入於骨髄」]うらみが骨のしんまでしみわたる。心の底から深く人をうらむこと。

【換骨奪胎】 [冷斎夜話](骨を取り換え、胎を取って使う意) 詩文を作る際に、古人の作品の趣意は変えず語句だけを換え、または古人の作品の趣意に沿いながら新しいものを加えて表現すること。俗に、「焼き直し」の意に誤用。

【切歯扼腕】 [史記張儀伝]歯ぎしりをし、自分の腕をにぎりしめること。感情を抑えきれずに甚だしく憤り残念がること。

【咽(のど)を搤(やく)して背を拊(う)つ】 [史記劉敬伝]前から喉をしめ後ろから背をうつように、両面から急所を攻撃して避ける道がないようにする。

【髀肉の嘆】 [三国志蜀志](蜀の劉備が、馬に乗って戦場に赴くことのない日がつづき、ももの肉が肥え太ったのをなげいた故事から) 功名を立てたり力量を発揮したりする機会にめぐまれない無念さをいう。「―をかこつ」
⇒いずれも譬え方がスゴイというかオーバーというか、さすが中国です。(?)

2011年6月6日月曜日

【六花33号H19/9】中国と熟語シリーズⅢ

 今日は定期的に紹介している機関紙「六花」の人気連載です。
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「 管 中 窺 豹 」 K・K
 
 テレサ・テンの歌で「梅花」というのがある。CDの説明書によると第二の国歌として中国人に広く愛されているという。これは中国人の大勢いるパーティで歌うには良いかもしれないと思っていたが、ハルピンと北京出身の留学生に聞いたら二人ともそんな歌は知らないと答えた。中国人と付き合っていると時々そういうことがある。
 中国は広い。だから地方によって言葉はもちろん、考え方や習慣も違うというのは理解できる。けれどもいくらなんでも山や川に違いはないだろうと思っていたが、そうでもないようだ。 
 川には大きな「江」と小さな「河」の二種類がある。私は漠然と江と河の違いは幅かなと思っていたが、ある中国人は深さだと言った。タンカーが通れるだけの深さがあるのが江で、漁船が通るのは河なのだそうだ。ところが幅だと言った人もいた。また水源が中国にあるのが河で外国から流れて来たのが江だと説明した人もいる。最近知ったのだが、揚子江以南は大きさに関係なく全部江なのだ。
最近中国で仕事をしたり、中国が好きで何度も旅行をする人が多くなった。そういう人と話をして気付くのだが、中国の話題になると皆得意げに「中国はああだ」「中国人はこうだ」ときっぱり言いたがる。そのたび私は「管中窺豹」を思う。竹の管から豹をのぞいても一つの斑紋しか見えず、豹全体を見ることはない。見識のないたとえだが、本人はなかなか気付かない。
中国関係の研究者やビジネスマンで長年中国人と関わり、本当に中国の好きな人ほど中国に対して厳しい目を向けている。そして何かを訊ねても知らないと答える事がある。自分が管から見ている事を充分知っているからだ。私の管に比べてはるかに太い管なのだが…。
だから私は中国に関して何でも言い切る人の話は信用しない。
私のこのシリーズもあまり信用しない方がいい。

2011年6月5日日曜日

【過去問】朝から黽勉(ビンベン)!

朝のトレーニングです。

訓読み H22-3
●弓弭の【調】を献上する。
⇒【みつぎ】 広辞苑には「みつぎ」は「貢・御調・調」の見出しとなっている。また以下の相対する2つの見出しがある。言葉は歴史と密接に関連しているね。
「弓弭の調」(ゆはず‐の‐みつぎ)=大和朝廷時代の伝説上の男子人頭税。弓矢で獲た鳥獣などが主な貢納物だったからいう。
「手末の調」(たなすえ‐の‐みつぎ)=調の一。女子が布帛を織って献じたもの。

【咸】当年の儁豪であった。
⇒【みな】 「咸」の読みは「カン、みな、ことごと‐く」。「儁」の類義語は「俊」。
「俊豪」(しゅん‐ごう)=常人より器量のすぐれた人物

【髻】を切る。
⇒【もとどり】 広辞苑でこの関係の見出しを調べると、
「髻」=(「本取」の意) 髪を頭の頂に束ねた所。また、その髪。たぶさ。
「髻を切る」=出家する。
「髻の綸旨(りんし)」=南北朝時代、敵に知られないように小紙片に細書し、使者の髻の中に隠して持たせた綸旨。
「髻を放つ」=冠などをかぶらず、髻をあらわに出す。
●老躯を【挈】げて試合に臨む。
⇒【ひっさ】 「ひっさげる」は他の表記では「引っ提げる・提げる」。
「挈」の音は「ケツ」。熟語を漢字源で調べると、
【挈瓶】(ケツベイ )手でさげる小さなかめ。ちっぽけなもののたとえ。
【挈瓶之知】(ケツベイノチ )わずかな才知。小知。〔左伝〕
【右挈】(ユウケツ )右手にぶらさげる。右手で引き連れること。「左提右挈(サテイユウケツ)(左右に子ども・部下などを引き連れていくこと)」
【提挈】(テイケツ )互いに手をとりあって行く。
今朝のトレーニング完了です。

2011年6月4日土曜日

【過去問】飲み疲れだあ~

とはいえ、いかなるときもやるべし。(気合いの空回りかも・・・)

訓読み H22-3
●異国の風に【倣】う。
⇒【なら】 広辞苑には「慣らう・倣う」の見出しで載っている。倣の字は模倣の倣だったかな(当然です)などと考えてしまった。

●【秣場】
⇒【まぐさば】 秣を集める場所。転じて、一定地域の住民が共同で使用する山林原野。

●【霾】る
⇒【つちふ】 広辞苑には「土降る」の見出しに、大風に吹き上げられた土砂、特に黄砂こうさが降る。霾(つちふる)。〔季語=春〕奥の細道「雲端に―心地して」、とある。
難しい漢字ですねえ。
霾の音はバイ、マイ。音符は貍(リ)・(マイ)」。埋と同じマイの音です。マイ→バイと連想で覚えようか。
熟語では、
【霾翳】(バイエイ )まきあげられた土砂が空をおおって暗いこと。
【霾霧】(バイム )まきあげられた土砂と、霧。また、そのために暗くなること。

本日はここまで。飲みすぎにご用心ですぞ。

2011年6月2日木曜日

メド

 今日は菅総理の内閣不信任決議案をめぐり国民の注目を集めた。
 昨日までは不信任優勢だったが、菅総理の発言、「震災対応に一定のメドがついた段階で、若い世代に責任を引き継いでいきたい」を受けて、不信任が否決されるというどんでん返しだった。
 ところで、NHKでもこの「メド」という言葉を漢字でなくカタカナで表示していたのが気になった。

 漢字では「目処」と書くが、恐らくは読みにくいのだろう。明鏡や大辞泉には「目途」も併せ載っているが、これは本来「モクト」と読むべきもの。日本語は絶えず変化していくものだが、今現在のところは「メド」はしっかりと「目処」と漢字で書きたいものである。

2011年6月1日水曜日

【六花43号H22/6】ことわざの解釈

今日は六花から紹介します。ことわざを自分のものとして解釈している事例として参考になります。
やはり自分の中で「咀嚼する」ことが大事なことなんだ、と改めてそう思います。
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ことわざの私的(わたくしてき)解釈  N・N

「天網恢恢、疎にして漏らさず」

 これは、「天網恢恢、疏而不失 老子」によるものですが、語呂やリズムの良さもあわせて私の好きなことわざの一つです。意味は、今さら申しあげるまでもなく、悪事を犯した者は、決して天罰を逃れることは出来ないということになるかと思います。
 私は、金融機関に勤めるサラリーマンとして、六十歳半ばまで働いてきて今はリタイア生活を送っているものです。この四十数年のサラリーマン生活の中で、何回かこのことわざを利用・引用してきました。自分自身がある程度の年齢や立場になると若い人達と同じ職場・セクションで一緒に仕事をすることが多くなるわけですが、そうした際に、年長者として若い人達の見識・モチベーションを高める、意欲づけをする話の中で使ったものです。
 このことわざの直訳としては、前述のとおり「悪いことはできない。」ということですが、私はこれを展開・拡大・変換して自分流に解釈しました。つまり、天はどんな些細なことも見逃すことはないのだから、悪事ばかりでなく善いことも必ず観ている、だから日々の努力・精進・勉強を怠ってはならないというものです。これらの頑張りがすぐに仕事の成果に結びつかなくとも、時期至れば間違いなく陽の目をみるというものです。よくスポーツの世界でいわれる「練習は結果を裏切らない」ということと同じだと思うのです。
 目先のことばかりでなく、長期的な視点で仕事に向かうということを、若い人達だけでなく自分自身へも言ってきたことですが、自分のことはなかなか思うようにはいかず、内心忸怩たる思いが強いものです。