昨日の漢検で、担当者の日間違いで受検できなかった事故があったとのこと。
協会ではさっそく再試験の設定などの対応を打ち出していることがHPに発表されている。
なかなか発生しないミスだが、人間のやることに間違いはつきもの。(その後の対応が大事。)
受検者には勉強時間が延びたと思って気を取り直して頑張ってほしいですね。
16.淫祀邪教として【禁遏】を加えられた。
⇒【キンアツ】=おしとどめてやめさせること。
[淫祀]インシ まつるべきでない神をまつること。
「遏」の読みは、「アツ、とど-める」。他の熟語は、
[遏雲]アツウン 空を流れ行く雲までもおしとどめる。すぐれた音楽や歌声を形容する。
※「列子」湯問篇の「声振林木、響遏行雲=声は林木を振(ふる)わせ、響(ひび)きは行雲を遏(とど)む」から。
⇒「遏雲の曲」ともいう。流れる雲を止めるという表現はいかにも中国らしい。
[遏絶]アツゼツ おしとどめて物事をさせない。一族を残らず滅ぼす。
四字熟語は、
【遏悪揚善】(あつあくようぜん) 悪をおしとどめて、善を広く天下にあらわすこと。欠点をおさえ、長所を誉めること。
※「遏」はふさぎとどめる。「揚」は称揚する。広める。「悪(あく)を遏(とど)め善(ぜん)を揚(あ)ぐ」が書き下し文。
17.山の【皺襞】が深い谿を刻している。
⇒【シュウヘキ】=しわ。ひだ。衣服のしわ、山脈のひだ、舌粘膜のひだなど。
「谿」の読みは、「ケイ、たに、たにがわ」。同義語は「渓」。
「皺」の読みは、「シュウ、スウ、しわ、しわ-む」。他の熟語は、
[皺月]シュウゲツ 波に映っている月。
「襞」の読みは、「ヘキ、ヒャク、ひだ」。他の熟語は、
[襞襀]ヘキセキ 〈襞積〉衣服のひだ。
18.【殄滅】の宿運を免れなかった。
⇒【テンメツ】=滅び絶える。また、滅ぼし絶やす。
「殄」の読みは、「テン、つ-きる、つ-くす」。他の熟語は、
[殄瘁]テンスイ やみ疲れる。人口が減少し国力が衰えること。
[誅殄]チュウテン 罪をせめてほろぼす。
[戡殄]カンテン 皆ごろしにする。絶滅。
[撲殄]ボクテン うち滅ぼす。
⇒「皺」=シュウ、「殄」=テンの読みが難しいですね。
漢字・日本語に関心を持つ者の同好会です。新潟を中心拠点に活動しています。 活動は学習会と機関紙の発行などです。 H10年に結成して15年が過ぎました。漢検1級者が増えて大勢います。 同好会のモットーは「漢字を楽しむ」・「日本語を楽しむ」・「人生を楽しむ」ついでに「漢検1級も取るか」。酒を飲むばかりが能じゃない! そんな当同好会の公式&推薦ブログです。
2012年1月30日月曜日
2012年1月28日土曜日
【過去問】H21-3 音読み13-15
13.【蒼朮】を飲み発汗を促す。
⇒【ソウジュツ】=キク科植物のオケラの漢名。また、オケラ類の根茎を乾燥した漢方生薬。
「朮」の読みは、「ジュツ、シュツ、チュツ、おけら」。他の熟語は、
【白朮】(びゃく‐じゅつ) 中国中部原産のキク科オケラ属植物の根茎の周皮をはぎ除いた漢方生薬。
【朮羹艾酒】(じゅっこうがいしゅ) 薬草を入れた吸い物とヨモギを入れたお酒。※「羹」は羹(あつもの)、吸い物のこと。「艾」はヨモギ。中国洛陽(らくよう)で、節句を祝って作ったといわれる。
14.【紐釦】に意匠が凝らしてある。
⇒【チュウコウ】=ひもを曲げてつくったぼたん。
「釦」の読みは、「コウ、ボタン」。他の熟語は特になし。
15.【饕餮】厭くを知らざる人物であった。
⇒【トウテツ】=財貨・金銭をむさぼること。
「饕」の読みは、「トウ、むさぼ-る」。
「餮」の読みは、「テツ、むさぼ-る」。他の熟語は、
[饕餮文]トウテツモン 殷・周時代の青銅器など、祭器に使われた模様。饕餮(怪獣の名)の形を模した中国古代固有のもの。▽邪気をはらう力を秘めたものとされる。
⇒「饕餮」は怪獣の名でもあり、「竜の九匹の子(九子)の一匹で、飲食を好むとされる。殷・周の頃、その姿を銅器などに刻んで飾りとした。」という。
⇒【ソウジュツ】=キク科植物のオケラの漢名。また、オケラ類の根茎を乾燥した漢方生薬。
「朮」の読みは、「ジュツ、シュツ、チュツ、おけら」。他の熟語は、
【白朮】(びゃく‐じゅつ) 中国中部原産のキク科オケラ属植物の根茎の周皮をはぎ除いた漢方生薬。
【朮羹艾酒】(じゅっこうがいしゅ) 薬草を入れた吸い物とヨモギを入れたお酒。※「羹」は羹(あつもの)、吸い物のこと。「艾」はヨモギ。中国洛陽(らくよう)で、節句を祝って作ったといわれる。
14.【紐釦】に意匠が凝らしてある。
⇒【チュウコウ】=ひもを曲げてつくったぼたん。
「釦」の読みは、「コウ、ボタン」。他の熟語は特になし。
15.【饕餮】厭くを知らざる人物であった。
⇒【トウテツ】=財貨・金銭をむさぼること。
「饕」の読みは、「トウ、むさぼ-る」。
「餮」の読みは、「テツ、むさぼ-る」。他の熟語は、
[饕餮文]トウテツモン 殷・周時代の青銅器など、祭器に使われた模様。饕餮(怪獣の名)の形を模した中国古代固有のもの。▽邪気をはらう力を秘めたものとされる。
⇒「饕餮」は怪獣の名でもあり、「竜の九匹の子(九子)の一匹で、飲食を好むとされる。殷・周の頃、その姿を銅器などに刻んで飾りとした。」という。
2012年1月27日金曜日
東京は快晴、新潟は雪
仕事が慌ただしい1週間でした。
昨日今日は東京に行ってきました。
向こうは快晴、帰途の新幹線で越後湯沢は吹雪、長岡も雪、新潟は残雪という感じでした。
なんとか仕事も山場を越えそうなので、またボチボチと更新をしていきたいと思います。
昨日今日は東京に行ってきました。
向こうは快晴、帰途の新幹線で越後湯沢は吹雪、長岡も雪、新潟は残雪という感じでした。
なんとか仕事も山場を越えそうなので、またボチボチと更新をしていきたいと思います。
2012年1月22日日曜日
【過去問】H21-3 音読み11-12
過去問の勉強は昨年12月20日以来の久しぶりです。今年も大幅な漢字力アップを目指すぞー!
11.周辺に【陪冢】数基を見る。
⇒【バイチョウ】=大きな古墳に近接してある小さい古墳。近親者や従者を葬ったと伝えるが、特定の副葬品のみを納めたものもある。
「冢」の読みは、「チョウ、つか」。他の熟語は、
[冢塋]チョウエイ 盛り土をした墓。墳墓。
[冢君]チョウクン 君主。大君。
[冢土]チョウド [冢社(チョウシャ)]土地の守護神。
[丘冢]キュウチョウ [丘墓(キュウボ)]丘のように小高く築いた墓。
[冢中枯骨](ちょうちゅうのここつ) 無能で何のとりえもないこと。※墓の中の白骨の意から。「冢」は墓、墓塚。「枯骨」は朽ち果てた骨。
12.下命を拝して【帷幄】に参ずる。
⇒【イアク】=たれ幕。戦場で、幕を張りめぐらし、作戦計画を立てる場所。
[帷幄に参ず](いあくにさんず) 軍事機密の相談に加わる。
「帷」の読みは、「イ、とばり」。周囲を取り巻いて垂らす幕。
「幄」の読みは、「アク、とばり」。上から屋根のようにおおったまく。
他の熟語等は、
[帷幄之臣](イアクのシン) 陣営にいて、作戦計画をたてる臣下。転じて、参謀。
【帷幄上奏】(いあく‐じょうそう) 明治憲法下、一般の国務外におかれた軍の指揮・統帥に関する事項について、統帥機関たる参謀総長(陸軍)・軍令部総長(海軍)が閣議を経ずに直接天皇に上奏すること。
【帷牆】(い‐しょう) ひきまくとかきね。近侍の臣妾をいう。
【帷牆の制】(いしょう‐の‐せい) 君主が近侍の臣妾のために牽制けんせいされること。
【帷を下す】(いをくだす) (帷を下ろして読書をする意から)塾を開いて教授する。
【経帷子】(きょう‐かたびら) 仏式で葬る時、死者に着せる着物。
【寒に帷子土用に布子】(かんにかたびらどようにぬのこ) 時節はずれの用のないもの。
⇒「帷幄」については、次の有名な言葉がある。
【籌を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決す】(はかりごとをいあくのうちにめぐらし、かちをせんりのそとにけっす)
計略・計画の巧みなことのたとえ。戦術に対して、戦略がすぐれていること。
※「籌」は計略。「帷幄」は垂れ幕と引き幕のことから、幕を張りめぐらした本陣・本営の意。「千里の外」は遠く離れた場所。本陣の中で作戦を練り、遠くの戦場で勝利を決める意から。「籌策(ちゅうさく)を帷帳(いちょう)の中に運らし、勝ちを千里の外に決す」ともいう。
11.周辺に【陪冢】数基を見る。
⇒【バイチョウ】=大きな古墳に近接してある小さい古墳。近親者や従者を葬ったと伝えるが、特定の副葬品のみを納めたものもある。
「冢」の読みは、「チョウ、つか」。他の熟語は、
[冢塋]チョウエイ 盛り土をした墓。墳墓。
[冢君]チョウクン 君主。大君。
[冢土]チョウド [冢社(チョウシャ)]土地の守護神。
[丘冢]キュウチョウ [丘墓(キュウボ)]丘のように小高く築いた墓。
[冢中枯骨](ちょうちゅうのここつ) 無能で何のとりえもないこと。※墓の中の白骨の意から。「冢」は墓、墓塚。「枯骨」は朽ち果てた骨。
12.下命を拝して【帷幄】に参ずる。
⇒【イアク】=たれ幕。戦場で、幕を張りめぐらし、作戦計画を立てる場所。
[帷幄に参ず](いあくにさんず) 軍事機密の相談に加わる。
「帷」の読みは、「イ、とばり」。周囲を取り巻いて垂らす幕。
「幄」の読みは、「アク、とばり」。上から屋根のようにおおったまく。
他の熟語等は、
[帷幄之臣](イアクのシン) 陣営にいて、作戦計画をたてる臣下。転じて、参謀。
【帷幄上奏】(いあく‐じょうそう) 明治憲法下、一般の国務外におかれた軍の指揮・統帥に関する事項について、統帥機関たる参謀総長(陸軍)・軍令部総長(海軍)が閣議を経ずに直接天皇に上奏すること。
【帷牆】(い‐しょう) ひきまくとかきね。近侍の臣妾をいう。
【帷牆の制】(いしょう‐の‐せい) 君主が近侍の臣妾のために牽制けんせいされること。
【帷を下す】(いをくだす) (帷を下ろして読書をする意から)塾を開いて教授する。
【経帷子】(きょう‐かたびら) 仏式で葬る時、死者に着せる着物。
【寒に帷子土用に布子】(かんにかたびらどようにぬのこ) 時節はずれの用のないもの。
⇒「帷幄」については、次の有名な言葉がある。
【籌を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決す】(はかりごとをいあくのうちにめぐらし、かちをせんりのそとにけっす)
計略・計画の巧みなことのたとえ。戦術に対して、戦略がすぐれていること。
※「籌」は計略。「帷幄」は垂れ幕と引き幕のことから、幕を張りめぐらした本陣・本営の意。「千里の外」は遠く離れた場所。本陣の中で作戦を練り、遠くの戦場で勝利を決める意から。「籌策(ちゅうさく)を帷帳(いちょう)の中に運らし、勝ちを千里の外に決す」ともいう。
2012年1月21日土曜日
「臘」の言葉
昨日の続き。
「臘」の読みは「ロウ」。訓読みが見当たらないが、字通には「まつり、くれ」と出ている。
意味は、漢字源では、
① 年末の祭礼。その年に生じた百物を並べ集め、ひとまとめにまつって年を送る祭り。「臘祭(ロウサイ)」
② 「臘月(ロウゲツ)」とは、臘祭のある月ということから、陰暦十二月のこと。
③ 僧侶になってからの年数。「僧臘(ソウロウ)」「法臘(ホウロウ)」」
漢検漢字辞典にある熟語は、「臘日」「臘月」のほかに、
[臘梅]ロウバイ 〈蠟梅〉木の名。ロウバイ科ロウバイ属の落葉低木。カラウメ。ナンキンウメ。▽陰暦十二月に花が咲くことから。
[旧臘]キュウロウ 去年の暮れ。▽「臘」は、十二月。=[客臘]カクロウ
[伏臘]フクロウ 夏の祭りと、冬の祭り。
[臘八会]ロウハチエ 釈迦が悟りを開いたとされる陰暦12月8日に行われる法会(ホウエ)。成道会(ジョウドウエ)。
「臘八」に関係した言葉で広辞苑では、
ろうはち‐がゆ【臘八粥】 (臘月8日に仏前に供えたからいう)温糟粥(うんぞうがゆ)の別称。
ろうはち‐せっしん【臘八接心】 禅寺で、12月1日から8日の朝まで釈尊成道を記念して坐禅すること。
目新しい言葉では、
せつろう・しい【節臘しい】気ぜわしい。あわただしい。こせこせとうるさい。せつろしい。浮世草子、好色万金丹「二ヶ月分の家賃滞りけるを家守の八兵衛が―・しくせがむに」
しんろう【真臘】 中国の史書に見えるカンボジアの呼称。クメール族の国家。6世紀中葉からメコン川中流域に勃興、8世紀には水真臘・陸真臘に分裂。9世紀に再統一。アンコール‐ワット、アンコール‐トムはその遺跡。
[希臘]ギリシア
⇒「節臘しい」などは現在まったく使わない言葉になってますね。それにしても「臘」の字画は複雑ですね。
「臘」の読みは「ロウ」。訓読みが見当たらないが、字通には「まつり、くれ」と出ている。
意味は、漢字源では、
① 年末の祭礼。その年に生じた百物を並べ集め、ひとまとめにまつって年を送る祭り。「臘祭(ロウサイ)」
② 「臘月(ロウゲツ)」とは、臘祭のある月ということから、陰暦十二月のこと。
③ 僧侶になってからの年数。「僧臘(ソウロウ)」「法臘(ホウロウ)」」
漢検漢字辞典にある熟語は、「臘日」「臘月」のほかに、
[臘梅]ロウバイ 〈蠟梅〉木の名。ロウバイ科ロウバイ属の落葉低木。カラウメ。ナンキンウメ。▽陰暦十二月に花が咲くことから。
[旧臘]キュウロウ 去年の暮れ。▽「臘」は、十二月。=[客臘]カクロウ
[伏臘]フクロウ 夏の祭りと、冬の祭り。
[臘八会]ロウハチエ 釈迦が悟りを開いたとされる陰暦12月8日に行われる法会(ホウエ)。成道会(ジョウドウエ)。
「臘八」に関係した言葉で広辞苑では、
ろうはち‐がゆ【臘八粥】 (臘月8日に仏前に供えたからいう)温糟粥(うんぞうがゆ)の別称。
ろうはち‐せっしん【臘八接心】 禅寺で、12月1日から8日の朝まで釈尊成道を記念して坐禅すること。
目新しい言葉では、
せつろう・しい【節臘しい】気ぜわしい。あわただしい。こせこせとうるさい。せつろしい。浮世草子、好色万金丹「二ヶ月分の家賃滞りけるを家守の八兵衛が―・しくせがむに」
しんろう【真臘】 中国の史書に見えるカンボジアの呼称。クメール族の国家。6世紀中葉からメコン川中流域に勃興、8世紀には水真臘・陸真臘に分裂。9世紀に再統一。アンコール‐ワット、アンコール‐トムはその遺跡。
[希臘]ギリシア
⇒「節臘しい」などは現在まったく使わない言葉になってますね。それにしても「臘」の字画は複雑ですね。
2012年1月20日金曜日
今日は「臘日」(ろうじつ)
暦を見ていたら今日は「臘日」とあった。
「臘月」は聞いたことがあるが、「臘日」は聞いたことがなかった。
広辞苑では「一年の最終の日。おおみそか。」となっているが(これでは理屈に合わない)、ウイキペディアの説明が分かりやすい。
「臘日(ろうにち、ろうじつ)とは、日本の暦に登場する注記の一つである。選日法はいくつかあるが、旧暦12月に来る。
「臘」とは「つなぎあわせる」という意味で、新年と旧年の境目となる旧暦12月のことを「臘月」ともいう。元々は「臘祭」という中国の習慣で、年末に神と祖先の祭祀を一緒に(=つなぎあわせて)行うというものであった。「臘」は「猟」に通じ、猟をして捕えた獣を祭壇に供えた。日本にはこの習慣は伝わらず、臘日は単なる暦注の一つとなっている。しかし、その吉凶には諸説あり、採用していない暦も多い。この日を年の暮れとして大祓を行うこともあり、そこから大晦日のことを臘日と呼ぶこともある。」
⇒中国の風習では猟の獣を供えたというが、それは伝わらずに暦の大晦日だけ伝わっているというのが面白いですね。
また日の選定には、
「臘日の選日法には以下のものがある。
・小寒の後の2度目の辰の日
・大寒に最も近い辰の日
・大寒の後の最初の戌の日
・旧暦12月9日」
⇒たしかに今日は辰の日で最初の2つはぴったりになっていました。
この「臘」の熟語や言葉が多くあるのには少々驚いた。明日、取り上げて勉強するとしよう。
「臘月」は聞いたことがあるが、「臘日」は聞いたことがなかった。
広辞苑では「一年の最終の日。おおみそか。」となっているが(これでは理屈に合わない)、ウイキペディアの説明が分かりやすい。
「臘日(ろうにち、ろうじつ)とは、日本の暦に登場する注記の一つである。選日法はいくつかあるが、旧暦12月に来る。
「臘」とは「つなぎあわせる」という意味で、新年と旧年の境目となる旧暦12月のことを「臘月」ともいう。元々は「臘祭」という中国の習慣で、年末に神と祖先の祭祀を一緒に(=つなぎあわせて)行うというものであった。「臘」は「猟」に通じ、猟をして捕えた獣を祭壇に供えた。日本にはこの習慣は伝わらず、臘日は単なる暦注の一つとなっている。しかし、その吉凶には諸説あり、採用していない暦も多い。この日を年の暮れとして大祓を行うこともあり、そこから大晦日のことを臘日と呼ぶこともある。」
⇒中国の風習では猟の獣を供えたというが、それは伝わらずに暦の大晦日だけ伝わっているというのが面白いですね。
また日の選定には、
「臘日の選日法には以下のものがある。
・小寒の後の2度目の辰の日
・大寒に最も近い辰の日
・大寒の後の最初の戌の日
・旧暦12月9日」
⇒たしかに今日は辰の日で最初の2つはぴったりになっていました。
この「臘」の熟語や言葉が多くあるのには少々驚いた。明日、取り上げて勉強するとしよう。
2012年1月18日水曜日
【論語】我れに非ざるなり、夫(か)の二三子なり
少々仕事疲れですが頑張って、今日も前回の続きです。
「顔淵死す」が4章立て続けに論語にあるのは、この顔淵だけです。
孔子の嘆きが余程他の弟子たちに印象に残ったんでしょうね。
「顔淵死す。顔路(がんろ)、子の車以てこれが椁(かく)を為(つく)らんことを請う。
子の曰わく、才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。
鯉(り)や死す、棺ありて椁なし。吾れ徒行(とこう)して以てこれが椁を為らず。
吾が大夫の後(しりえ)に従えるを以て、徒行すべからざるなり。」(先進第十一‐8)
(訳)顔淵が死んだ。父の顔路は先生の車をいただいてその椁(棺の外ばこ)を作りたいと願った。
先生はいわれた、「才能があるにせよ才能がないにせよ、やはりそれぞれにわが子のことだ。
[親の情に変わりはない。わたしの子どもの]鯉が死んだときにも、棺はあったが椁はなかった。だが、わたしは徒歩で歩いてまでして(自分の車をぎせいにまでして)その椁を作りはしなかった。
わたしも大夫の末席についているからには、徒歩で歩くわけにはいかないのだ。」
⇒大夫として職に就いていた孔子にとって、かわいい顔淵のためとはいえ、政務に必要な車を渡すわけにはいかなかった。いくら悲しくても公私にけじめをつける孔子の姿が想像される。
「顔淵死す。門人厚くこれを葬らんと欲す。
子の曰わく、不可なり。門人厚くこれを葬る。
子の曰わく、回や、予(わ)れを視ること猶(な)お父のごとし。予れは視ること猶お子のごとくすることを得ず。我れに非ざるなり、夫(か)の二三子なり。」(先進第十一‐11)
(訳)顔淵が死んだ。門人たちは立派に葬式をしたいと思った。
先生は、「いけない。」と言われたが、門人たちは立派に葬った。
先生はいわれた、「回はわしを父のように思ってくれたのに、わしは子のようにしてやれなかった。わたくし[のしたこと]ではないのだ、あの諸君なのだ。」
⇒なんと意外な!孔子が立派な葬式はダメといったのに、弟子たちは立派な葬式をしたのだが、そのことで弟子たちを責めているのである。現代感覚では問題だろうと思うことも、その時代の素直な感情の発露だと考えればいいのかなと思っている。
論語は名言の宝庫で今なお輝きを失っていない古典中の古典です。
でも、そろそろ漢検対策もやらないとね。
「顔淵死す」が4章立て続けに論語にあるのは、この顔淵だけです。
孔子の嘆きが余程他の弟子たちに印象に残ったんでしょうね。
「顔淵死す。顔路(がんろ)、子の車以てこれが椁(かく)を為(つく)らんことを請う。
子の曰わく、才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。
鯉(り)や死す、棺ありて椁なし。吾れ徒行(とこう)して以てこれが椁を為らず。
吾が大夫の後(しりえ)に従えるを以て、徒行すべからざるなり。」(先進第十一‐8)
(訳)顔淵が死んだ。父の顔路は先生の車をいただいてその椁(棺の外ばこ)を作りたいと願った。
先生はいわれた、「才能があるにせよ才能がないにせよ、やはりそれぞれにわが子のことだ。
[親の情に変わりはない。わたしの子どもの]鯉が死んだときにも、棺はあったが椁はなかった。だが、わたしは徒歩で歩いてまでして(自分の車をぎせいにまでして)その椁を作りはしなかった。
わたしも大夫の末席についているからには、徒歩で歩くわけにはいかないのだ。」
⇒大夫として職に就いていた孔子にとって、かわいい顔淵のためとはいえ、政務に必要な車を渡すわけにはいかなかった。いくら悲しくても公私にけじめをつける孔子の姿が想像される。
「顔淵死す。門人厚くこれを葬らんと欲す。
子の曰わく、不可なり。門人厚くこれを葬る。
子の曰わく、回や、予(わ)れを視ること猶(な)お父のごとし。予れは視ること猶お子のごとくすることを得ず。我れに非ざるなり、夫(か)の二三子なり。」(先進第十一‐11)
(訳)顔淵が死んだ。門人たちは立派に葬式をしたいと思った。
先生は、「いけない。」と言われたが、門人たちは立派に葬った。
先生はいわれた、「回はわしを父のように思ってくれたのに、わしは子のようにしてやれなかった。わたくし[のしたこと]ではないのだ、あの諸君なのだ。」
⇒なんと意外な!孔子が立派な葬式はダメといったのに、弟子たちは立派な葬式をしたのだが、そのことで弟子たちを責めているのである。現代感覚では問題だろうと思うことも、その時代の素直な感情の発露だと考えればいいのかなと思っている。
論語は名言の宝庫で今なお輝きを失っていない古典中の古典です。
でも、そろそろ漢検対策もやらないとね。
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