2011年7月2日土曜日

【六花35号H20/3】中国と熟語シリーズⅤ

今日は、定期的に紹介している機関紙「六花」の人気連載です。
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「 好 好 先 生 」 K・K
 今年、二〇〇八年八月八日八時八分から北京オリンピックが開催される。この「八」という字は日本人にとっても中国人にとっても縁起の良い数字なのだ。日本では末広がり、中国では発音が「発」に似ているからだという。外国人の耳にはあまり似ているようには聞こえないのだが、「発」には金持ちになるという意味もある。かつて日本のIT長者が
 「お金を儲けるのは悪い事ですか?」
 と言って顰蹙をかったが、中国ではお金儲けはとても良いことなのだ。テレビのインタビューで将来の希望を若者に尋ねると金持ちになりたいと答える人は多い。日本で金持ちになりたいと素直に答えるのは子供だけだ。
 日本人といえどもお金の嫌いな人はいない。けれども本当に大切な物はお金では買えないと信じているし、露骨にお金を欲しがるのは浅ましい事だと嫌っている。
 中国人は欲しい物を欲しいと言うこと自体何ら恥だと思っていない。特に国家がそうだ。利益が欲しい、領土が欲しい、ガス田が欲しい、先端技術が欲しいとどこまでも要求し、他国の欲しがる物は断固拒否する。また自国に都合の悪い事は捏造だと言って無視する。日本人は辟易し、貪欲な国だと軽蔑する人は少なくない。けれども中国から見れば主張せず、拒絶もせず、捏造さえも安易に受け容れてしまう国など充分軽蔑に値するのだ。軽蔑語のひとつ「好好先生」とはお人好し、事の当否を問わずただ人と争わないように努める人の事を指す。日本人の奥床しさは誇るべきものではあるが、相手が同じ価値観を持っているとは限らない。
 中国がまだ貧しくソ連の援助なしにはやっていけなかった時代、毛沢東は核をめぐってフルシチョフと対立した際こう言い放ったという。
 「中国は人口が六億人いるから仮に原水爆によって半数が死んでも三億人が生き残り、何年かたてばまた六億人になり、もっと多くなるだろう。」
 これが日本であったら本気でないとわかっていても問題発言として大騒ぎになるが、中国ではこのような人が立派な指導者として尊敬されている。

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