2011年5月15日日曜日

【六花41号H21/12】中国語と日本語

 今回は機関紙「六花」のなかでも、中国に造詣が深いK・K女史の掲載記事を紹介したい。薀蓄とウイットに富んだ文章はお手本にしたいくらいで、私は「エッセーの名手」と勝手に呼んでいる。今後も機会を見て紹介していきたい。
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「中国人と日本語」K・K

 最近はあまり見られなくなったが、以前はよくテレビで支那服をまといナマズ髭をつけた人が「私○○アルよ、これ○○ナイね。」と甲高い声で喋る場面があった。実際に中国人が「アルよナイよ」と言うのを聞いたことのある人はいないのだが。一説によればこれは昔の華僑の日本語だという。世界中に移住した華僑はまず現地語の習得にとりかかったが、じっくり勉強する気もなければ暇もない。そこで彼らは独自の方法で手っ取り早くとにかく通じる話法を編み出したのだ。日本語の場合、難解な助詞は無視する。そして動詞、副詞の後ろにアル、ナイを付けるだけでよい。
「これ高いアル。私買うナイよ。」
これで充分通じるのだ。勿論すべての華僑がこのような言い方をしたわけではない。一部の華僑が言ったのを当時の日本人が面白がったようだ。
ところで、さしあたって通じるサバイバル外国語はそれ以上進歩しないという。やはり文法をきちんと学ばなければまともな外国語は身に付かない。そう言われると私は耳が痛い。長年続けてきたのに中国語がうまく話せないのは面倒くさい文法の勉強を怠け、発音だけを磨いてきたからだ。発音さえ良ければ文法がでたらめでも相手が単語を拾ってくれる。そう思うようになってから上達しなくなった。おかげで発音だけは中国人に褒めて貰えるがそれ以外で褒められた事がない。
それでも中国語を知らない人には私は流暢に喋っているように聞こえるらしい。少なくとも夫はそう信じている。中国で困っている日本人を見かけるとお節介にも夫は
「聞いてあげましょうか?おい、聞いてくれ。」
と私をつつくのだ。冷や汗をかきながらまくし立てれば一応は通じるのだが、きっと中国人の耳にはこう聞こえたに違いない。
「彼、鍵ナイよ。奥さん部屋アル。でもどの部屋知るナイね。え?そうそう部屋番号忘れた。その通りアル。」
相手の顔に浮かぶ微妙な色を見るとやはり真面目に勉強して端正な中国語を身につけなければとしみじみ思うアル。

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