2011年5月9日月曜日

【六花 46 号 H23/3 】笹原宏之教授への質問と回答 No. 2

昨日の続きです。

Q5.話し言葉と書き言葉のへだだりとは?(K・A)
A5.話し言葉は常に変化します。「論語」は周代の話し言葉、「源氏物語」は
平安朝の話し言葉と考えられています。それが変化しても、書き言葉は保守的な
ので文語として残ります。そうして両者の間には隔たりが生まれてしまったわけ
ですが、そこにも時には味わいを生む表現を見つけることができます。

Q6.「漢字表現辞典」は、どれくらいの年月をかけて完成したのでしょうか。
手近に置いて、時間のあるときに拾い読みしています。コンパクトサイズのもの
があったら旅行や待ち合わせの時に持って出かけたいです。将来新書版サイズで
全4巻くらいで出版できないでしょうか。(I・M)
A6.当て字は、小学校高学年から気になりだし、辞書風のノートを手作りし始
めましたが、中学の時にキリがないと、いったん区切りをつけました。当時は、
「秋桜(コスモス)」のようなものがテレビなどに出てきても、辞書になかった
ため(根拠の薄い規範意識からでしたが)、許せませんでした。その後、当て字
は気にはなり続け、数年前から収集を再開し、最後は半年ほど、大学の講義以外
はその編纂に集中して当たりました。三省堂では、手軽な電子版を検討はしてい
るとのことです。教育上宜しいものだけを選んだ子供用なども、冗談としてかも
しれませんが話に出ています。

Q7.笹原先生がこのたび上梓された「当て字、当て読み 漢字表現辞典」を開
くと、漢字、日本語の豊かさや変幻自在な弾力性を再認識しましたが、漢字・日
本語の現状についての感想と今後どのように推移するのかについて、お聞きした
いです。(I・S)
A7.日本では、漢字の持つ自由さがいっそう謳歌されていますが、今日の作は
直感的なひらめきだけに終わっていて、じっくりと考えた形跡や、歴史性に裏付
けられた素養をほのめかすものや典拠をもつことによる深みを感じさせるものが
やや乏しく、造った人の感性に頼っただけの独りよがりといわれかねないものも
目立ちます。イメージだけで漢字を使うと、表意性をもつ漢字の性質を変えてい
く可能性がありますが、とくに子の名にはそういうものが増えています。たとえ
ば森鴎外による命名とは何がどう違うのか、じっくりと考えてみるきっか
けとして、この辞書を使ってくれればなと思います。

Q8.常用漢字改定作業を終えて、「常用漢字表」のあるべき姿等についての感
想をお聞きしたい。(I・S)
A8.「常用漢字表」では、「家(うち)」「お腹(なか)」「寿司」といった
生活上で当たり前になっているものを、今回は訓しかない、仮名表記やルビ付き
で良い、俗っぽい、他の表記もあるなどの理由が出されて、追加できませんでし
た。「混む」がやっと認められたように、現状と一般の意識をよく踏まえ、一般
の実感に近づけるようにきちんと追認していく必要があると思っています。今回
の字体も、分かりやすいものは「麺」「痩」「曽」がぎりぎり認められたくらい
で、歴史の審判に晒されるものとも思っています。

→じっくりと味わって読んでください。為になりますよ。続きはまた明日。

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